2005年06月09日

キトラ古墳作業始まる

奈良キトラ古墳で、朱雀をはがす作業が始まったとか

修復保存のための作業で、7月上旬には終了予定だそうです。これが無事終われば年内に玄武のはぎ取り作業が始まるそうです


朝日新聞:「朱雀はぎ取り開始-キトラ古墳-
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2005年01月16日

北京原人はどこへ行った?

Falsh24:「中国人の祖先ではない 北京原人で雲南省の研究所

北京原人は、中国人の祖先ではなかったと言うことを雲南省の研究所が発表したそうだ。中国人の祖先は、染色体によりアフリカから移住してきたと見られるという
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2004年12月07日

最古級の石製銅鐸の鋳型発見

名古屋市の朝日遺跡から、国内最古級の石製銅たく鋳型の一部が出土したと発表があった


記事によると
 弥生時代中期初めごろ(紀元前3―2世紀)のものとみられる。これまでに出土した石製鋳型の中ではもっとも東での発見になる。銅たくの製造は、近畿や九州など西日本が中心と考えられてきただけに、同市教委見晴台考古資料館の伊藤正人学芸員は「従来の弥生時代の研究の常識から外れた予想外の発見だ」としている。

 市教委によると、出土したのは砂岩を加工した高さ4センチ、厚さ3センチ、幅1・5センチの鋳型の小片で、11月下旬に、同遺跡の出土遺物を水洗いした際に発見された。銅たく上端付近の鋳型と見られ、表面に鋳る文様が刻まれている。実際に鋳造に使用されたらしく、熱で黒色に変色し、ひびが入っていた。この鋳型で造られた銅たくは、見つかっていない。

とのこと


読売新聞:「国内最古級の石製銅たく鋳型の一部、朝日遺跡から出土
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2004年12月06日

六角形の古墳

天皇など身分のある人の墓は八角形なので、それに次ぐ身分の人の古墳と言うことになるのだそうだ

奈良県明日香村のマルコ古墳は今まで円墳と見られていたが、調査の結果六角形であることが分かったとのこと

八角形は古代中国の思想で宇宙を表し、六角形はそれに次ぐ世界を示すと言うことで、そのまま地上界の身分を示すことになった模様

今後の調査が楽しみです

読売新聞:「マルコ山古墳は六角形墳、飛鳥地域で初…皇子の墓か続きを読む
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2004年12月02日

法隆寺の火災跡

法隆寺が670年に火災にあったという記録(日本書紀)を裏付ける火災の痕と見られる焼け焦げた壁画の破片約百点が発見されたとのこと

記事よりコピペ
 七世紀後半に再建されたとされる法隆寺金堂の壁画(一九四九年焼失)や上淀廃寺(鳥取県淀江町)、高松塚、キトラ両古墳(奈良県明日香村)の壁画など、これまで国内最古級とされてきた壁画を半世紀以上さかのぼり、町教委は「飛鳥時代に彩色壁画はないとの常識を覆し、美術史、建築史に大きな影響を与える発見」としている。

 聖徳太子(五七四−六二二年)が六〇七年に創建した当時の法隆寺は若草伽藍(がらん)と呼ばれ、現在の法隆寺の南側に金堂や塔が建っていたことが発掘調査で分かっている。町教委は若草伽藍跡の西側をことし九月から調査。寺域のはずれに流れる川の跡から壁画の破片を見つけた。町教委は焼け落ちた壁を川へ捨てたと判断した。

 破片は大きなもので縦四センチ、横五センチ程度。文様を確認した約三十点は、衣装やハスの花の一部とみられる図柄もあり、仏画だったと考えられるという。一部に下書きらしい細い線が刻まれており、キトラ古墳(七世紀末−八世紀初め)の極彩色壁画や、その後の法隆寺金堂壁画に共通する技法を使ったとみられる。奈良文化財研究所(奈良市)の分析で銅や鉄など鉱石成分を確認。緑や赤の顔料と判断した。エックス線分析によると焼けた温度は約千百度の高温で、顔料部分は七宝焼きのようになっていた。

コピペ以上


中日新聞:「法隆寺で最古の彩色壁画片出土 日本書紀の「焼失」裏付け」より
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2004年11月30日

古墳にタヌキが住みつく

大阪の百舌古墳群の一つ「いたすけ古墳」にタヌキの家族11匹が住みついているそうだ
5年ほど前から住みついていて、近くの住民から餌を貰っているとか。これに対して管理する教育委員会では、餌をやりすぎると野生を失うから注意してと呼びかけている


朝日新聞:「古墳のタヌキ一家、ただいま総勢11匹 大阪・堺
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2004年11月24日

グレートジャーニー説覆る?

北アメリカで5万年前の最古の遺跡を発見

北アメリカに人類が到達したのは、1万3千年前のベーリング海峡がつながっている頃とされ、それ以前には人類はいなかったことが通説だったのだが、今回の発見で覆ることになった

人類はアフリカで発生し、各地へ移動していった(グレートジャーニー説)とされていたが、それがほぼ同時期に人類がいたこととなると、人類史の書き直しを迫られることになるという

読売新聞:「北米に5万年前の遺跡、人類拡散の定説覆る?


これが事実なら、本当に人類学をやっている人たちはひっくり返るでしょうね。まだ発見されていない、遺跡がそこら中にあることになるでしょうから

とはいえ、、北アメリカにどうやって人類が移動したのかがはっきりしない限りは、この発見が定説になるということも考えにくいのではありますが。独立した大陸に自然発生的にいきなり人類が湧いて出ることも無いでしょう。アフリカで猿人から進化して現代人に近い形へなっていったと言うことを信じていた自分には、もう何がなんだかさっぱり、といった状況続きを読む
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2004年11月17日

メキシコでひすい人形を発見

テオティワカン遺跡の「月のピラミッド」でひすい人形を発見したそうだ

これは生け贄となった人物の人骨とともに発見されたそうで、権力におけるピラミッドの役割などを示す発見となるらしい

毎日新聞:「メキシコ:ひすい人形発見 「月のピラミッド」で
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2004年11月03日

憲法17条から1400年

だそうです。歴史の授業で、しかもかなり早い時期に勉強する部分で覚えていないことも多い時期かなぁ

第一条の「和を以て貴しとなす」良い言葉ですね。でも実践は難しいですが


宗教が政治と一帯になっていた時期ではありますが、宗教を人のために生かそうとしていた良い時期では無かったかと思います。もちろん当時の人たちにはそうは思わなかった人もいるかもしれません。ただ、そういう風に見えるのです。現代の宗教はどうしても信仰よりも金の方が大事という感じものが多くて非常にナンセンスに思います


ヤフー記事:「憲法17条めぐりシンポ 制定1400年記念で
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2004年10月14日

近藤勇の法要の記録が発見される

法要を行ったのは、近藤勇の介錯人を勤めた横倉喜三次と言う人物。介錯を行った賞金を全てつぎ込んで行ったんだそうだ

死刑を行った側が、死刑された側に心を寄せたのは、どんな心境からだったのだろうか?やはり武士の情けというものだったのだろうか?


現在行われている大河ドラマはアレだが、やはり歴史的な事実はいろいろとあって面白いものです


日経新聞:「近藤勇の法要記録を発見
日刊スポーツ:「近藤勇の法要記録文書を発見
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2004年10月11日

もう一人の阿倍仲麻呂?最古の日本表記も

中国西安で、8世紀前半に日本から中国(唐)へ遣唐使として渡った留学生の墓誌が見つかったという。遣唐使の実態を伝える貴重な資料となるという話だ

ただ、遣唐使と言ってもはるか昔に学校で勉強したくらいなので、どういうものだったのか、と言うことはよく分かっていなかったり。当時の中国から律令などを学んで日本へ持ち帰り、当時の政府(朝廷でしたか?)へ役立てることが目的だったかと思います。ただ、当時の交通事情というか船の技術を考えると、海を渡って外国へ行くなど無謀にも近い状態。それをおして唐へ渡り学問を修め、その勉強ぶりなどから当時の中国皇帝にその死を悼まれるまでになるとはすごいことですよね

皇帝に近いところにいたと言うことは難関で知られる科挙もクリアしたんでしょうか、中国古典では科挙をクリアできず挫折した人の話が出てきますので、その頭の良さを帰国して生かしたかったのだろうから、さぞかし無念でだったでしょう。しかし、こうやって記録が残っていたことで(こういう記録が残っていること自体も素晴らしいことですが)、遣唐使について論議が行われていることで生きてくるのかもしれません

朝日新聞:「中国・西安で遣唐使の墓誌発見 皇帝に仕えた日本人判明
もうひとつ「唐の都、もう一人の仲麻呂がいた? 墓誌発見の日本人
東京新聞:「遣唐留学生の墓誌初の発見
河北新報:「遣唐留学生の墓誌初発見 日中交流解明の一級史料」←こちらは小さいながらも墓誌の画像あり
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2004年10月09日

夏王朝の初期の遺跡?が見つかる

中国河南省で夏王朝(紀元前21〜紀元前16世紀)最初のに造られたと見られる遺跡が見つかったという

これは、中国最古の都市の遺跡と見られる


朝日新聞:「夏王朝最初の都跡か 中国・河南省で発見
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2004年10月04日

チンギスハンの霊廟を発見?

モンゴル帝国を建てたチンギスハンの霊廟あとを発見したという

これが、現在でも大きな謎とされているチンギスハンの陵墓を発見する手がかりになるらしい。

静かに眠っている人を起こすこともないとは思うが、モンゴル帝国の力の一端を示すものとして、チンギスハンの陵墓に興味を持つのだと思う。ちょっとだけ見せて貰って、また眠って貰えれば良いのだけど、もし発見してしまったら、そうもいかないのだろうな。
そういうわけで、発掘隊の人たちを許してやってくださいませ


朝日新聞:「チンギス・ハーンの霊廟発見 陵墓発見へ手がかり
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2004年10月01日

高松塚古墳今日より発掘開始

むき出しとなっていた高松塚古墳を覆う覆屋が完成し、本日より本格的に発掘が開始される
先日のエントリの通り「高松塚古墳、発掘始まる」、壁画のカビの発生の原因、墳墓の構造の調査が主な目的と言うこととなっているそうだ

良い結果になると良いなぁ

朝日新聞:「1日から墳丘発掘<高松塚古墳>
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2004年09月28日

高松塚古墳、発掘始まる

32年ぶりの本格的な発掘調査が10月より始まることになったそうだ

壁画のカビの発生原因と墳墓の構造調査が主な目的とのこと。以前は、壁画などの保護を優先のために石室等は調査されていない

河北新報:「カビ原因探り構造解明も 高松塚古墳、本格発掘へ
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2004年09月17日

大丈夫かなぁ

文化庁のキトラ古墳の壁画のはぎ取りの会合があった際のことだそうだが、高松塚古墳で起きたカビの発生について、特段究明ができていないのだそうだ

にもかかわらず、キトラ古墳においても高松塚古墳と同様の処置をしたんだそうだ。結果としてカビが生えたんだそうだ。それではぎ取り、と言うことになったのだそうだが、これは高松塚古墳と同じようなことにならないようにするため、という配慮からと言うことになるのだろう

古墳は大事な遺産、ええ加減な処置を繰り返していては、いけないと思うのだけど、なんで同じことを繰り返してしまったのだろうか?

先だっての、エントリとは何か違う話になってしまったなぁ。記事を見ながらなので、いろいろ変わるのはご勘弁

朝日新聞(奈良版):高松塚の反省避けた文化庁続きを読む
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2004年09月15日

キトラ古墳の壁画を剥がすわけ

高松塚古墳の失敗が教訓となっているそうだ
どうしてもカビの発生が抑えられず、抑えるためには乾燥させねばならないが、そうすると今度は漆喰などが崩れてきてしまうため、バランスをとらざるを得ないため、壁画にしわ寄せがきてしまっているらしい

そのため、キトラ古墳では壁画も守る、漆喰などが崩れないようにする、両方を選ぶために剥がすことにしたのだろう

いったん、発掘で外気に当ててしまうとこういうことになってしまうんだろうなぁ。止む得ないんでしょうね

外気に当てなくても、地下水なんかから来る湿気も影響するんでしょうかね?いずれにしろ貴重品ですから、しっかり保護してほしいです


朝日の記事から
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2004年09月14日

キトラ古墳、今後壁画を全面はぎ取り

文化庁では、キトラ古墳の壁画を全部はぎ取り保存することを了承したという

全部はぎ取ると、現在の技術では元へ戻すことは不可能と言うことを前提にし、すべてをはぎ取ることにした模様

今年度中から数年にかけて剥がしていく予定

壁画って高松塚古墳とか、今までは発見された古墳の中で、そのまま保存していたものだったんだけど、はぎ取らないといけないほど劣化しているってことなのかな?
可能ならあった場所にそのままにしておいてこそ、本物だと思うんだけど

学者さんとかが、はぎ取るべしって判断したなら、それが正しいのかもしれないけど

読売
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2004年09月10日

縄文時代の壁発見(北海道)

北海道の斜里町で、壁立式平地建物の壁の一部と思われる健在が発見されたという

という以前に、縄文時代に、壁立式平地建物という様式を聞くのが初めてなんですけども
歴史の時間で聞いたことがあるのは、竪穴式住居と高床式住居だったのですがね。そういう様式があったとは知りませんでした

勉強になりました

河北新報
読売
参考?
守山市 広報もりやま、より
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高松塚古墳の壁画にカビ

高松塚古墳の壁画の絵画部分にカビが再発したという話
駆除しようにも絵画に影響が出てしまうため、除去を一時様子見にしている模様

読売
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2004年09月09日

弥生時代の始まりは?

新しい測定の結果、BC10世紀後半までさかのぼることが立証されたそうです

何か新しい事実が発見されて、どんどんさかのぼっているような気がしますね
それだけ測定技術が進歩していると言うこともあるのでしょうけども

自分が習った弥生時代に関する知識って言うのは稲作が大陸から伝わって、そのために食糧事情が安定し、いろいろな社会システムが始まりつつあった時代って言う感じかなぁ。それが始まった時代がさかのぼっていくと言うことは、それだけ日本でも社会システムが古くから存在するようになっていたっていうことかなぁ

朝日
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2004年09月08日

厳島神社の被害

言い方は悪いのだが、この神社は台風の上得意になっているような気がする。台風が来るたびに被害が出てしまっているのが、困ったこと

立地場所が海上と言うこともあって、雨に打たれ風に吹かれるだけではなく、波にもあらわれるとあっては、無事では済まないのも当然か

せめて、外観や風景を損なわない程度に波を防ぐ方法は無いものだろうか?毎回損壊では修理がいつか追いつかなくなって、貴重な遺産を無くすことになってしまうかもしれない

前回の記事
http://sunrise-sunset.seesaa.net/article/559358.html

中国新聞の記事
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さまよえる湖戻る

さまよえる湖として知られる「ロプノール」に二十数年ぶりに水が戻ってきたことが確認されたそうだ

周期的に位置が変わることで有名だったが、ここしばらくは水がない状態だった

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20040907i519.htm
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キトラ古墳、はぎ取り成功

昨日書いたキトラ古墳の壁画のはぎ取り作業が無事終わったという

まだはぎ取っていない壁画もあるそうだが、おいおい剥がして保存作業を行っていくのだろうか?


http://www.asahi.com/culture/update/0907/010.html
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2004年09月07日

厳島神社で被害(台風)

厳島神社で被害が出ているそうだ

台風が通過するたびにいろいろと壊されているとのこと。場所が場所だけに止むえないとはいえ、何かうまい対策方法は無いものだろうか?


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040907-00000139-kyodo-ent
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高松塚古墳再調査

壁画の劣化が進んでいると言われている高松塚古墳の再調査が今日より行われることになったという

これは、石室へ雨水の流れ込みがどうなっているのかが調査の目的。32年ぶりの発掘調査になるそうだ


いずれにしろ、貴重な壁画がダメにならないようにがんばって欲しいです

http://mytown.asahi.com/nara/news02.asp?kiji=3443
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地震の影響なし(キトラ古墳)

先日来地震が発生している奈良で、キトラ古墳の調査が行われたが、壁画の剥落など影響は出ていないと言うことである

このままはぎ取り作業を続行させる予定だという

良かった良かった


http://www.nara-shimbun.com/n_arc/040907/arc040907a.shtml
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2004年08月24日

召喚状が奈良から出土

8世紀初めの召喚状が藤原京跡から出土したそうです
これは、木でできてきて、当時の役人が人を集めるために使ったものらしいです
使用目的などは分からないそうなので、調査を待つと言うことになるのでしょうか

一緒に出土したものに、島根県から物資を運んだ時の荷札とみられるものも見つかったそうで、ワカメ・ノリと言った特産品を都に運んだときのものらしいです


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040824-00000185-kyodo-ent
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2004年08月18日

珍しい埴輪

京都で顔と盾だけの埴輪が見つかったという
古墳を守る意味を持っているという。

今で言う鬼瓦みたいなものだろうか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040818-00000195-kyodo-ent
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2004年08月17日

キトラ古墳壁画搬送

キトラ古墳の壁画がはぎ取られ、修復のために運び出されたそうだ。しばらくは修復方法検討のために冷蔵庫に保存される。
ただし、修復後の処置については未定だという。

何が最善の方法かは分かりませんが、大切な文化遺産、いつまでも残して欲しいですね!

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040817-00000032-san-soci
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