2016年06月06日

かなりまずい方向に逝ってる気がした>マヤ都市と星座を結びつけた少年http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160604-00010000-nknatiogeo-sctch

Yahoo:「マヤ遺跡「発見」の15歳少年を直撃、「批判のおかげで研究進んだ」

カナダの15歳少年にインタビュー、批判にひるまずメキシコ調査遠征を計画中

 今年の5月初旬、母国の外に出たことのないカナダの15歳の少年が、メキシコのジャングルの中に未知のマヤ文明の都市を発見したというニュースが世界を駆けめぐった。

【写真集】ユカタン半島のマヤ遺跡調査、聖なる泉とピラミッドの謎

 当初の報道によると、ケベック在住のウィリアム・ガドゥリー少年は、現代の星図と100以上のマヤ文明の都市の並びを対応させられることに気づいたが、1つの星座については対応する都市がなかったという。そこで、この都市に「火の口」という意味の「カーク・チ(K’aak Chi)」という名前をつけ、専門家の協力を得て、遺跡があるはずの地域の衛星画像を入手した。

 画像を分析した結果、予想どおりの場所にマヤ文明の遺跡らしき構造物が見つかった。その後に起きたことは、皆さんもよくご存知だろう。世界中のマスコミがこのニュースに飛びつき、センセーショナルな見出しをつけて報道したが、否定的な見方をする人が現れ、激しい批判が噴出、その後、沈黙が続いていた。

 では、沸騰する話題の渦中にあった15歳の少年に何が起きたのだろうか? 考古学コミュニティーの大半がガドゥリー少年の結論を否定したが、彼がこの研究で見せた創造性と技術力は多くの人々から賞賛された。少年は、このプロジェクトで全カナダ科学フェア(Canada-Wide Science Fair)で金メダルを受賞し、9月に開催されるEU青少年科学者コンテスト(Eurpean Unioin Contest for Young Scientists)にも招待されている。

 ナショナル ジオグラフィックは、最近、学校行事で米ワシントンD.C.を訪れたガドゥリー少年に、この研究をめぐる報道や将来の夢について話を聞くことができた。
――マヤ文明の都市が現代の星座と同じ並びになるように建設されていたというあなたの理論は、科学者から多くの批判を受けましたね。ある有名なマヤ学者は「クズ科学」とまで言っていました。この批判をどう思われましたか?

かまいません。僕の研究に批判的な人がいるのは楽しいことではありませんが、批判のおかげで研究を前に進めることができましたから。
――あなたの研究がニュースになったとき、多くのジャーナリストが接触してきたのでは?

そうですね。ひっきりなしに電話がかかってきました。僕が受け取った電子メールは400通か500通ぐらいでした。そのへんの対応は母が手伝ってくれました。


――あなたの研究は多くの人々が見ているところで批判されましたが、研究は続けるのですね?

もちろん続けます。
――将来、どんな分野を専攻したいですか?

天文学か考古学かな・・・まだ分かりません。
――今回の研究成果を正式に発表して、科学的に精査してもらいたいと思いますか?

考古学者や科学者にきちんと読んでもらえるように、科学誌に研究成果を発表したいです。実は今、ある雑誌と発表について相談しているところです。
――あなたは3年前からこのプロジェクトに取り組んでいますが、次は何をすることになるのでしょうか?

この遺跡の存在を証明するために、メキシコに行って確認してこなければなりません。たぶん、この夏にも。
――遠征期間はどのくらいになると思いますか?

2週間ぐらいでしょうか。専門家ではないので、よく分かりません。
――この研究に必要な資金はどのくらいでしょうか?

約10万ドル(約1000万円)です。
――あなたはコンピューターソフトと衛星画像を使って、カナダでこの研究を行いましたね。実際にマヤの遺跡を訪れたことはありますか?

去年の夏、ユカタン半島のエクバランとチチェン・イツァに行きました。期待していた以上にすばらしい遺跡でした。
――ほとんどの科学者は、昔の人は今とは違う星座を見ていたと言いますが、あなたはやはり、世界中の人々が、何千年も何万年も前から、私たちと同じパターンの星座を見てきたと確信しているわけですね?

そうです。人間は皆、同じパターンを見てきました。オリオン座に対応する場所にはアステカの都市があり、シリウスに対応する場所にはインカの遺跡があります。
――あなたが好きな星座は?

カシオペア座です。僕のイニシャル(W)と同じ形をしているので。
――私たちがあなたの記事を掲載したとき、科学者たちがあなたの理論をこき下ろすのは単に嫉妬しているからだというコメントが読者からたくさん届きました。あなたはどう思われますか?

僕もそう思います。科学者は、ときに新しいアイデアを怖がります。自分たちが確立した理論が批判されるのを恐れているのです。
――科学者は、まだ学位を取得していない人々が提唱する科学的アイデアに、もっと耳を傾けるべきだと考えているわけですね。

そのとおり。科学者にはもっとオープンな心を持ち、ほかの人のアイデアにも耳を傾けてもらいたいですね。
――一流の科学者から研究を批判されている学生たちのために一言。

自分の限界に挑み、決してあきらめないでください。夢を追いかけて!
――ナショナル ジオグラフィック協会が支援するマヤ考古学者のフランシスコ・エストラーダ=ベリ氏が、あなたと一緒にジャングルに行き、マヤ文明の遺跡を探したいと言っています。彼の招待を受けますか?

喜んで!


批判を嫉妬と感じているのであれば
この少年の指導者がかなりダメだったんだと言っても良いと思います

新しい説を出したらいろんな批判を浴びるのは当然です
その中から確立したものへとなっていくものだと思いますが、嫉妬だと感じるなら成長は望めないように思いますね

で、そういう姿を賞賛する人がいるのも変
いわば、すでに権威となっている人たちとか、そういうものへ逆に嫉妬しているんでしょうね
でも、何かしら問題はあるかもしれませんが、仮説から確定した説へと積み上げてきた人たちなのですから、嫉妬しているから潰しに来ていると考えるのは、科学の否定でしかありませんね
事実だと認めさせたいなら自ら実証するしかないわけですから

この辺は小保方問題と同じ、小保方さんへの同情、権威者への嫉妬で小保方さんに味方し
科学的に正しいかどうかを二の次にしている点で、科学を危うくしてるわけです
良いことは何も無いです


なんにしてもマヤの星座の解明がほとんどされてない状態で、星座と都市が結びつけるのは暴論でしかないし、現在の星座も含まれているらしいので、まだまだ怪しげですね
また、実際に星空と結びついたとしても偶然かもしれませんし・・・何かしらのマヤ語で書かれた立証する文献でも出てこない限り机上の空論でしかないでしょうね

星空は星自身の固有運動とか歳差運動などによって、長い時間を見ていればどんどん変わっていくものです
星の動きに長けていたマヤの人たちがその星を地上に固定させるとは考えにくいんですよね

もちろんちゃんと研究が進んでいけば、この自分の考えも間違っていることが分かるかもしれません。研究が進むこと自体は楽しみですね


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160604-00010000-nknatiogeo-sctch


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2016年04月09日

開けちゃった以上、最後まで面倒を見ないとなぁ>古墳の維持管理http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160409-00000047-asahi-soci

Yahoo:「むしばまれる装飾古墳 東北の壁画、苦渋のはぎ取り保存

鮮やかな赤色顔料で7重の渦巻文(うずまきもん)や人物、イノシシ、鹿、犬が描かれた福島県双葉町の装飾古墳、清戸迫横穴〈きよとさくおうけつ〉(国史跡、7世紀)。その奥壁に2007年ごろ、白い物質が浮き出ているのが見つかった。外気温の上昇で岩盤中の塩分が結晶化したものらしい。

 町教育委員会は10年、対策工事を始めたが、翌年3月に東日本大震災が発生。東京電力福島第一原発から約3キロ離れた横穴の工事は、中断に追い込まれた。

 4カ月後、町教委の吉野高光・総括主任主査が防護服を着て、墓室に入った。壁画は無事だったが、原発事故による停電で墓室内の温湿度測定器からデータを送れなくなった。木の根が墓室内に入り込み、遺構を破壊する恐れも出てきたが、抜本的な対策は今もできていない。

 町は帰還困難区域にあり、吉野さんは数カ月に1回、現場に入って観察を続ける。今年の3月11日にも訪れた。「避難中の町民にとって、文化財は故郷を思い起こさせてくれるもの。何とか地域の歴史を残していきたい」

 墓室を絵や彩色、彫刻などで飾った5〜8世紀の古墳は装飾古墳と呼ばれ、九州や東日本を中心に全国に600基以上。文化庁が12年、国史跡になっている1府14県の装飾古墳73基を調べたところ、約半数の35基で、環境の変化やカビの影響などによる劣化が認められた。貴重な文化財が元の姿を失う悲劇や危機は、あちこちにある。

■1300年前の線刻画
 「黄泉(よみ)の世界」を描いたのか。未知の横穴墓に刻まれた複数の人物や鳥。弓を入れる容器や高貴な人が使ううちわのような絵もある。宮城県南部、山元(やまもと)町の合戦原(かっせんはら)遺跡で1300年前の「線刻画」が見つかったのは、昨年5月のことだ。

 町は東日本大震災で約4割が津波にのまれ、636人が亡くなった。町教委が被災者の集団移転先として調査する中、飛鳥時代の横穴墓54基を確認。線刻画は、入り口がふさがった38号墓(奥行き3メートル、幅3・3メートル、高さ1・7メートル)の奥壁にあった。これほど多彩なモチーフの壁画は、東北地方で初めてだ。

 だが、発掘で外気に触れたため、軟らかい砂状の壁の乾燥が進み、劣化の恐れがあった。町は、現状を維持できる技術が確立されていないうえ、被災者の生活再建を急ぐ意味でも現地保存を断念。文化庁や奈良文化財研究所(奈良市)などの協力で昨年11月から、別の横穴墓の壁を使って、線刻画をはぎ取る方法を探る実験を始めた。

 「現地で残すのがベストだが、苦しい決断だった。英知を集めて壁画を残し、町民の誇りとしたい」。町教委の斎藤三郎・生涯学習課長は胸の内を明かす。


古墳を暴いてしまった以上、そうなるのは宿命でしょ
封印してあれば長持ちしたかもしれないけど、現代人が研究のためと開けてしまったのだから
そうするしか無いと思いますね
どこの古墳もそうなる運命。埋め戻すか移設するしかない


なんか原発の影響とか言っているバカがいるみたいですけど
記事中にあるとおり、古墳を暴いたことが直接の原因
放射脳っていうのは・・・


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160409-00000047-asahi-soci


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タグ:古墳
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2014年08月21日

どちらにしてもすごい事でしょ>伊能忠敬地図http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140818-00050100-yom-ent

Yahoo:「伊能忠敬の蝦夷地図、間宮林蔵のデータで描く?

江戸時代後期、伊能忠敬(いのうただたか)(1745〜1818年)が作成した日本全国測量地図の蝦夷地(えぞち)(北海道)全体が、忠敬の弟子で探検家の間宮林蔵(1780?〜1844年)の測量データに基づいて描かれたと考えられると、伊能忠敬研究会が18日、発表した。

 定説では、忠敬が未測量の北海道北側部分のみを林蔵のデータで補足したとされていた。

 同会は、1800年の第1次測量で測った函館付近から厚岸(あっけし)付近まで南側の海岸線について忠敬が作った測量図と、1821年の最終版「大日本沿海輿地(よち)全図」のデジタル画像を重ね合わせて比較。その結果、両図で海岸線が最大数キロ離れていることを確認した。

 同会によると、忠敬は第1次測量で南側だけを測って以後、蝦夷地を訪れていない。一方、林蔵は蝦夷地を測量したデータを1817年に忠敬に引き継いだとされる。忠敬は、弟子以外のデータを用いない方針だったという。同会の渡辺一郎・名誉代表は「最初の測量で自信がなかった第1次のデータでなく、林蔵のデータを用いて正確な地図を作ろうとしたのでは」と話している。


その時代に二人も、測量や地図作りに秀でた人がいたって事はすごい事だと思いますよ

あれだけの、現代技術にも匹敵する精度で、日本地図を作り上げていたのは感嘆するしかないです


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140818-00050100-yom-ent


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2014年04月08日

今後の研究に大きく影響するのかな?>龍馬の手紙発見http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140408-00050013-yom-ent

Yahoo:「見つかったぜよ…暗殺直前に龍馬が書いた推薦状

幕末の志士・坂本龍馬が暗殺される直前に書いた手紙の草稿が、東京都内で見つかっていたことが7日わかった。

 土佐藩重臣の後藤象二郎に宛てたもの。新政府の財務担当者として、福井藩の財政を立て直した三岡八郎(後の由利公正)を推し、彼を訪ねて会談した様子を記している。龍馬と三岡が会ったことは、三岡の回顧録で知られていたが、龍馬側の資料が見つかるのは初めてという。

 手紙は縦19・5センチ、横約1メートル。この中で龍馬は、慶応3年(1867年)10月28日に福井入りし、三岡と新政府の財政などを論じ、11月5日に帰京したなどと記述。財務を任せられるのは「三八(三岡)を置かば他に人なかるべし」と進言している。龍馬は同月15日に暗殺された。


この記事に直接的に言及はないんでわからないのですが、
慶応三年の11月5日以降15日までの間に書かれた手紙って事なんですよね?
とにもかくにも亡くなる直前の直筆の手紙が、この時代になって発見されるとは驚くばかりです

他にどんな内容が書かれているのかわかりませんけど、研究者によっていろんな裏付けがなされたりといろんな方の興味を引く事になるんでしょう


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タグ:坂本龍馬
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2014年03月28日

貴重な遺産を未来へ残すにはやむ得ないでしょう>高松塚古墳の壁画戻さずhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140328-00000009-asahi-soci

Yahoo:「高松塚壁画、古墳外保存決まる 検討会「当分の間」

2007年に石室ごと取り出され、10年計画で修理が続く奈良県明日香村の高松塚古墳(特別史跡、7世紀末〜8世紀初め)の極彩色壁画(国宝)について、文化庁の「古墳壁画の保存活用に関する検討会」(座長=永井順国〈よりくに〉・政策研究大学院大客員教授、17人)は27日、「当分の間」との条件付きながら、修理後に石室外での保存を認めることを決めた。

 カビの再発防止などの技術が確立されていないことが主な理由。「遺跡の現地保存」の原則のもと、修理後の壁画を古墳に戻す姿勢でいた文化庁は方針転換する。1972年の発見時に「戦後最大の考古学的な発見」と騒がれ、「飛鳥美人(西壁女子群像)」に代表される壁画は、同じ明日香村のキトラ古墳(特別史跡、7世紀末〜8世紀初め)に続いて、古墳外で保存されることになる。

 検討会で、文化庁は「当分の間は古墳外の適切な場所で保存管理・公開を行うことが適切だ」とする案を提示し、了承された。永井座長は「今の技術で古墳に戻すのは困難だが、そのための研究は続ける。20〜30年かかるとすれば、しっかりした保存施設を造らなければならない」と述べた。(塚本和人)


未来へ残すためにはやむ得ない判断と思いました
今戻すことが出来なくても、いずれは出来るようになると研究を続けて行けばいいと思います

それらを維持していくためにも、景気の回復が望まれますね!


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140328-00000009-asahi-soci


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2013年11月28日

まだ江戸時代とつながっていたんですねhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131128-00000393-yom-soci

Yahoo:「徳川慶喜の孫、榊原喜佐子さん死去

榊原喜佐子さん 92歳(さかきばら・きさこ=江戸幕府15代将軍・徳川慶喜の孫、故高松宮妃喜久子さまの妹)26日、心不全で死去。

 告別式は12月3日午前10時半、東京都中野区中央2の33の3宝仙寺大師堂。喪主は長男、政信氏。


ご冥福をお祈りいたします


最後の将軍様のお孫さんがご存命であったとは大きな驚きというか
不思議な感じです
江戸時代が終わって百数十年、お孫さんがいらっしゃるということに不思議なものを感じます
とうの昔のことだと思っていたのに、急に近づいたような?

歴史っていうのは切れ目無く続いているのに、なんで遠いものに感じてしまうのかなとか、変な気分です

この方は女性ということで、徳川の血筋を保っておられる方はどのくらいいるのかな?
残っているのかしらね?
あとで調べてみよう


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131128-00000393-yom-soci


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2013年08月12日

歴史・文化が軽視されてるのかな?すごくうかつかも?>重文一遍上人像消失?!http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130812-00000349-yom-soci

Yahoo:「重文・一遍上人立像は焼失「見当たらなかった」

>松山市道後湯月町の宝厳寺(ほうごんじ)で10日、本堂などが全焼した火災で、市教委は11日、現場を調査し、本堂に安置されていた重要文化財の木造一遍上人立像(いっぺんしょうにんりゅうぞう)(室町時代)は焼失したと判断した。

 市教委文化財課の担当者らが愛媛県警などの実況見分に立ち会い調査。同課は「安置場所付近に木像らしきものが見当たらなかった」とした。

 同寺は鎌倉時代の僧で時宗の開祖・一遍上人の生誕地とされている。


100%火事を防ぐのは難しいとは思います
こんな風に重要文化財が火事であっさりと消失してしまうのは本当に残念なこと
なんとか火事などの災害から大切なものが守られるような方策はないものでしょうか?

法隆寺金堂も金閣寺も焼失してますし、逃れられないものかもしれませんが、何とか守って欲しいですね


ただし、昨今支那朝鮮人によって日本の貴重な文化財が盗難などの被害に遭ってますし、金閣寺も燃やされてます
そういう連中への対策も必要ではないでしょうか?


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130812-00000349-yom-soci


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2013年07月25日

名ばかりの現在の維新志士と比べたら大変失礼ですが>坂本龍馬の血判を発見http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130725-00000034-mai-soci

Yahoo:「<坂本龍馬>誓いの血判 高知で発見 記念館で展示へ

>高知県立坂本龍馬記念館(高知市)は24日、坂本龍馬が砲術を学んだ流派の起請文(誓約書)に、龍馬の直筆署名と血判が見つかったと発表した。同館によると、現存する龍馬直筆の史料としては2番目に古く、血判が確認されたのは初めて。森健志郎館長は「龍馬の土佐での行動の一端を知る貴重な手掛かり」としている。

 起請文は幅約20センチ、長さ約13.4メートルの巻物で、土佐藩で西洋砲術「高島流砲術」を教えていた徳弘孝蔵(1807〜81年)が門下生に書かせたものとみられる。流派の技術を外に漏らさないことを誓う文とともに、龍馬のほか、武市半平太、岡田以蔵、龍馬の兄権平ら216人分の署名と書き判が記され、それぞれに血判が押されている。

 龍馬の名前は196人目にあり、1859(安政6)年9月20日に署名している。龍馬は前年9月に江戸での2度目の剣術修行を終えて高知に帰っており、その後に徳弘を訪ねたとみられる。字体や書き順が他の龍馬の署名と似ていることから、同館が「直筆の可能性が極めて高い」と判断した。

 起請文は高知市内の徳弘家に保管され、龍馬研究の第一人者、平尾道雄氏(故人)の著書でも紹介された。1981年に徳弘家が火事に遭い、行方が分からなくなっていたが、今月下旬、同館の企画展をきっかけに所有者が連絡し、確認された。

 筆跡鑑定に携わった京都国立博物館の宮川禎一企画室長は「筆遣いに若い頃の龍馬のまめな性格が表れている。龍馬は書き判もめったに書かないので貴重だ」と話している。25日から8月31日まで坂本龍馬記念館館で展示する。


文字通り血で血を洗う闘争の中での、倒幕、そして明治維新という時期であっただけに
この血判というものへ意思の表れは現代人には計り知れないものがあるでしょうね

特に名ばかりの維新を名乗る連中を見てると本当に申し訳なさを感じてしまうくらいに


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130725-00000034-mai-soci


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2013年05月02日

世界遺産じゃないと困るのですか?http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130502-00000013-maiall-soci

Yahoo:「<世界遺産>鎌倉「不登録」勧告 万全の準備、落胆 “再挑戦”難しい選択も

>政府が世界文化遺産に推薦していた「武家の古都・鎌倉」について、登録の可否を調査する国際記念物遺跡会議(イコモス)は、世界遺産にふさわしくないとする「不登録」を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に勧告した。一夜明けた1日朝、神奈川県鎌倉市の松尾崇市長は無念そうな表情で記者会見に臨み、「率直に残念」と語った。【松永東久】

 勧告は「鎌倉の武家による政治と文化の伝統は疑いなく、歴史上ユニーク」と評価しながら「物的証拠が少ないか、限定的なものか、あるいはほとんど証拠がない」と資産不足を指摘した。さらに「武家が鎌倉を選び自然への働きかけで防御性を高めたことは認められるが、普遍的価値を有するとはいえない」などとして、「不登録」と結論づけた。日本単独の推薦案件で「不登録」は初めて。

 登録の可否は、6月にカンボジア・プノンペンで開かれるユネスコ世界遺産委員会で正式決定される。鎌倉市などは、それまでに推薦を取り下げコンセプトを変えて捲土(けんど)重来を期すか、原則再推薦できない「不登録」の決定を覚悟しながら1ランク上の「登録延期」に懸けるか、厳しい選択を迫られそうだ。

 1日午前7時から記者会見した松尾市長は「今まで我々は万全の準備をしてきた。十分に理解をいただけなかった点などについて、しっかり分析していきたい」と述べた。

 勧告が「資産の周辺が都市化されていることの影響は無視できない」としたことには、「都市化が進む現状はあるが、世界から見ても歴史遺産と住環境の共存が十分に誇れる町を目指す。十分でない取り組みがまだあれば力を入れていきたい」と強調。今後も鎌倉の魅力を高める努力をしていく考えを示した。

 資産を巡っては、2011年に亀ケ谷坂(かめがやつざか)でペット霊園計画が持ち上がり、12年には一つの寺社に違法建築物があると市議会で議論された。

 この点について松尾市長は「非常に難しい問題。法令、条例できっちり規制される必要がある。二度と起こさないような態勢づくりを続けたい」と決意を示した。一方、計画していた世界遺産ガイダンスセンターの整備については「登録いかんにかかわらず、中世の歴史を紹介する施設は重要」と、名称変更も視野に入れて整備を進める意向を示した。

 昨年9月にイコモスによる現地調査を受けた後、調査員からの疑問点に関する情報照会は期限の13年1月末までになかった。平泉の場合、08年の「登録延期」時に情報照会があったが、11年の再挑戦の際はなく、そのまま登録された。このことから鎌倉市では「登録」への期待が高まったが、夢は破れた。

 「不登録」勧告に対し、鎌倉商工会議所の大崎哲郎会頭は「鎌倉が世界に誇る観光、歴史都市であることは変わらない。これからも多くの皆様を武家の古都・鎌倉の誇りと、おもてなしの精神でお迎えする」、鎌倉市観光協会の井手太一会長は「鎌倉の世界的価値が認められず非常に残念」とコメントした。

 ◇92年に暫定リスト入り 「石見」「平泉」に追い抜かれ

 鎌倉は日本が世界遺産条約を批准した92年、京都などとともに政府のユネスコ世界文化遺産の暫定リストに載った。

 しかし、京都や奈良が次々に登録される中で取り残され、後からリスト入りした石見銀山遺跡(島根県)や平泉(岩手県)にも追い抜かれた。

 当初は10年の登録を目指していたが、平泉が一度「登録延期」となったことや審査が厳格化されたことを考慮し確実な登録を狙って目標を13年に遅らせ、11年9月にユネスコへの推薦が決まった。

 この間、鎌倉市は県、横浜、逗子両市と登録推薦委員会を設置するなどして準備を進め、海外の専門家を招いた国際会議を開催。外国人の意見を受け、武家政権所在地として「三方を山に囲まれ、一方が海に開く」要害の地であるとのコンセプトを打ち出した。

 推薦書によると、「武家の古都・鎌倉」は武家政権発足の地であり、山稜(さんりょう)部と一体となった政権の所在地である点を「顕著な普遍的価値」と強調。10の構成資産からなり、重要な要素は鶴岡八幡宮や鎌倉大仏、円覚寺、朝夷奈(あさいな)切通など21ある。構成資産の面積は577・2ヘクタールで、景観や環境を守るため周囲に設けた緩衝地帯を含めると2043・2ヘクタールになる。

 ◇最も低い評価、信じられない−−黒岩知事

 鎌倉を「不登録」とするイコモスの勧告について黒岩祐治知事は1日、「大変ショック。登録勧告に確信を持っていただけに、最も低い評価は信じられない」と困惑したような表情で語った。

 連絡は職員を通じて4月30日夜に受けた。「これまでイコモスの職員に直接説明する中でいい感触を抱いていただけに、間違いじゃないかと思った」という。敗因に関し「鎌倉の歴史的な意義は認めてもらったが、建物から武家の古都という印象がストレートに伝わらなかったのかな。どう伝えれば良かったのか考えると途方に暮れる」と嘆息した。

 今後については再挑戦も含め、国や鎌倉市と協議するとしている。


世界遺産に登録されていないと鎌倉の価値が落ちるんでしょうか?
そう考えているなら日本のブランド志向は本当に困ったものだと思います

別にそんなものに登録されなくても、鎌倉という土地を自信を持って後世に伝えていけばいいと思うのですが
そういうことじゃないんですか?

世界遺産に登録しないと伝えていけないんでしょうか?

そんなことなら世界中全部世界遺産に登録すればいいですね!(笑)


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130502-00000013-maiall-soci


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2013年04月26日

遺跡なんてあらかた発見済みだと思ってました>マヤのさらに古い遺跡発見?!http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130426-00000008-jij-soci

Yahoo:「紀元前1000年の祭祀施設=マヤ文明、2百年さかのぼる―グアテマラ遺跡で発見

>メキシコ南東部から中米で16世紀まで繁栄したマヤ文明は、従来の学説より約200年早く、紀元前1000年ごろには発展し始めていた可能性が高いことが分かった。国際調査団がグアテマラのセイバル遺跡を発掘し、当時の中央広場や祭祀(さいし)施設の跡を発見した。団長の猪俣健・米アリゾナ大教授や青山和夫茨城大教授らが26日付の米科学誌サイエンスに発表した。
 遺跡はジャングルを流れる川に近い丘の上にあり、発掘調査が2005年、約40年ぶりに再開された。自然の地盤に突き当たるまで深く掘削したところ、最も古い紀元前1000年ごろの地層から、当時の人々が集められた中央広場や、大小三つの「基壇(きだん)」と呼ばれる土造りの舞台のような祭祀施設の跡が見つかった。
 

すごいですね、まだまだこういう発見があり得るんでしょうか?

マヤ人にはいろいろ謎が多いと聞きます
何か新しい手がかりが出てくるんでしょうか?
続報が楽しみですね!


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130426-00000008-jij-soci


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タグ:マヤ 遺跡
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2013年02月09日

馬子の家

東京新聞:「蘇我馬子邸 宮殿並み? 奈良・島庄遺跡 塀跡の大型柱穴列見つかる

飛鳥時代の大豪族蘇我馬子(そがのうまこ)(生年不明〜六二六年)の邸宅とみられる建物群跡が確認された奈良県明日香村の島庄(しまのしょう)遺跡で、塀跡とみられる大型柱穴列が見つかっていたことが九日、分かった。二〇一一、一二年に村教育委員会が調査していた。

 この遺跡で建物群跡のものとみられる七世紀前半の塀跡が見つかったのは初めて。調査した西光慎治主任技師は「柱穴の一辺が一メートル以上あり、宮殿クラスの規模といえる。立派な塀で囲われた邸宅だったのではないか」としており、天皇をしのぐ権勢を誇ったとされる馬子の邸宅規模を探る貴重な手掛かりになりそうだ。

 柱穴は八基で、馬子が住んだ正殿とされる大型建物跡の西八十メートルで見つかった。柱を直接地中に埋める掘っ立て柱式で、柱穴は一辺が約一・三メートルの方形。二・一〜二・四メートル間隔で並び、直径三十〜四十センチの柱が立っていたとみられる。塀全体の長さは不明だが、南北十六メートル分を確認した。

 〇四年の調査で見つかった馬子邸とみられる建物跡三棟と平行に並んでおり、一連の施設として造られたらしい。

 日本書紀によると馬子邸は飛鳥川の近くにあり、庭には池があったとされる。現場は既に埋め戻されている。

 <蘇我馬子> 敏達から推古まで4天皇の大臣を50年以上務め、天皇家との血縁関係を背景に蘇我氏の最盛期を築いた。対立する物部氏を滅ぼし、自ら擁立した崇峻天皇も暗殺、めいの推古天皇を即位させるなど、政界を主導。仏教の受け入れに熱心で日本最初の本格的寺院、飛鳥寺を建立。聖徳太子とともに歴史書の編さんや遣隋使派遣などを進めた。


出てくるものなんですねぇ。そんな古いものが
歴史を勉強した中では蘇我氏は悪役という認識なんですが、それでもその当時どんなことが出来たのかを、していたのかを知ることが出来る手がかりとしたら本当に面白いですね


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2012年06月13日

昔らから役人がちゃんと仕事をしていた証拠?!

Yahoo:「最古の「戸籍」木簡、太宰府で出土…大宝律令前

>福岡県太宰府市の国分(こくぶ)松本遺跡で、戸籍に関連する飛鳥時代後期(7世紀末)の木簡が見つかったと、市教委が12日、発表した。

 正倉院に伝わる現存最古の戸籍(702年)より古く、中央集権国家が完成したとされる大宝律令の制定(701年)より早い段階で、国家が地方の人々まで直接支配していたことをうかがわせる第一級の資料として注目される。

 木簡は縦31センチ、横8・2センチ、厚さ8ミリ。現在の郡にあたる、大宝律令以前の地方行政単位「評(こおり)」や、685年に定められた官位「進大弐(しんだいに)」の表記があり、7世紀末のものと判断された。

 「戸主(世帯主)は、たけるべのみまろ」、「その妹は、やおめ」など、同じ集落に住む16人の氏名や続き柄のほか、21〜60歳の健康な男子を指す「政(正)丁」、その中から徴発される兵員「兵士」の表記があった。


役人が、昔からちゃんと仕事をしていた証拠だと思いました
仕事をしていればこその記録ではないかと思いますですよ


しかし、民主党はこういう戸籍とか記録を残すことがキライみたいですね〜
出自を疑われる不法入国の外人を守るためには戸籍は邪魔らしいです


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120612-00001538-yom-soci


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2011年02月20日

寺社仏閣の皆様方には盗難防止策をご検討くださいませ

Yahoo:「<窃盗>仁和寺で仏像3体盗難 参拝客が気づく…京都

> 世界文化遺産に登録されている真言宗御室派総本山の仁和寺(京都市右京区)で15日、境内にある「御室八十八カ所霊場」のお堂から仏像3体がなくなっているのが分かった。京都府警右京署が窃盗容疑で捜査している。

 同署などによると、盗まれたのは千手観世音菩薩(ぼさつ)2体と弥勒(みろく)菩薩1体で、高さは90〜95センチ。いずれも霊場の順路(約3キロ)に点在する小さなお堂に安置され、文化財指定は受けていない。

 参拝客が同日午後3時半ごろ、お堂の一つの鍵が壊され仏像がなくなっているのを発見した。順路には88のお堂があり、寺の職員が全ての無事を確認した今月8日以降に盗まれたらしい。

 この霊場では01年に仏像約40体、09年に1体が盗まれている。


罰当たりが増えてますね
日本文化を理解できない外国人ならともかく、日本人においてまで仏像などが金になるからと盗むものもいると聞きます
仏像ほどではないにしても賽銭泥棒も結構いるそうですね

少なくとも日本人ならば、このような霊場において不埒なまねをするものは無いと思ってましたが、非常に残念な傾向だと思います。ご先祖様を粗末にするような教育はしないでほしいものですが・・・今の世の中では無理なんですかねぇ

教育がきちんとなされるようになったとしても時間はかかると思いますので、可能な限りお寺さんや神社では盗難防止策を施してほしいですね


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110216-00000010-mai-soci


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全部無事帰ってきてほしいですね

Yahoo:「盗まれた古代エジプト文化財の一部発見、博物館周辺で

>エジプトの反政府デモのさなかに首都カイロの考古学博物館から貴重な文化財が盗まれた事件で、ザヒ・ハワス文化財担当国務相は14日、盗品のうち数点を発見したと明らかにした。

 見つかったのは、約3000年前のひつぎの一部など。ハワス国務相はロイターに対し、「なくなった8点のうち2点が博物館の外で見つかった。捜索を継続し、さらなる発見につなげたい」と話した。

 ツタンカーメン王の木像やアメンホテプ4世の石灰岩製の像などは依然行方が分からないという。


略奪にあった文化財の一部が見つかったそうです
まだ戻ってこないものも、大陸の人たちとはエジプトの人たちは違うと思いますので、無事帰ってきてほしいですね


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110215-00000388-reu-int


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2011年02月19日

現代人は、土踏まずが無くなってきていると聞きました

Yahoo:「“ルーシー”の足には土踏まずがあった

>新たに見つかったアウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の足の骨から、人類初期の祖先は現生人類と同じ直立二足歩行をしていたことがわかった。アファール猿人は、1974年に発見された「ルーシー」の骨格で知られている。アファール猿人の直立二足歩行はわかっていたが、歩行能力の程度は不明だった。

「今回発見されたアファール猿人の化石は、現生人類と非常に近い足の構造だった」と、この研究成果を知った米ケント州立大学の人類学者オーウェン・ラブジョイ氏はコメントする。「直立二足歩行の決定的な証拠だ」。

 約320万年前の中足骨は、アファール猿人の化石が出土しているエチオピア北東部ハダールの地層から発掘された。足の甲に5本ある骨の1つで、足首やかかとを形成する足根骨と指の骨を繋いでいる。

 骨のサイズと形状から、アファール猿人の足は現生人類と同様に頑丈で、アーチ型の土踏まずを持っていたことがわかる。この2つの特徴は、地面を蹴り出す強さと二足歩行の衝撃を和らげる役割も持つ。

 類人猿の足の親指で物をつかむ能力は樹上生活に都合が良い。一方、アファール猿人は二足歩行の能力があり、もっぱら地上で生活していたと他の化石などを基に推測されていた。

 今回の発見で、ルーシーは樹上から地上生活に完全に移行していたと裏付けられた。

 類人猿の足は中央が柔軟に曲がり、木登りに適している。アファール猿人にも見られるヒトの強靭なアーチ形状の甲は、二足歩行で効率的に前進できるような構造だと、今回の研究を率いたミズーリ大学の人類学者キャロル・ワード氏は説明する。

 アーチ構造は吸収材の役割を果たし、直立二足歩行の着地衝撃を和らげている。 現代でも、土踏まずのアーチが未発達な偏平足の場合、全身の関節に大きな負担がかかってしまう。アファール猿人の足は樹上生活の能力と引き換えに、二足歩行のデメリットに対応する構造に進化したとみられる。

「私たちよりも強靭だったことは確かだが、その分、木登りは下手だったかもしれない。現生人類が約200万年前に出現するはるか昔に、ルーシーは地上で生活していたようだ」とワード氏は話している。

 また移動の様子も解明されつつある。「物をつかむ非常に便利な能力を捨てて、二足歩行に適した足を獲得している。生き残りと繁殖において、効率的な地上生活がどれほど重要だったかを物語っている。地上をスムーズに歩き始めた彼らは森林から抜け出し、食料を調達したり、移住先を求めて移動したに違いない」とワード氏は説明する。

 この研究は「Science」誌に2月11日付けで掲載されている。


日本の現代人は土踏まずが無くなってきていると聞いたことがあります
それからすると現代人は退化しつつあるのかな考えちゃいますね。せっかくここまで進化したのに、もったいないことです

で、
運動能力の低下は、生きる力の低下とも言えるかなって思います
ルーシーを見習って足腰をしっかりとさせなくっちゃですね〜


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110214-00000002-natiogeo-int


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タグ:人類
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2011年02月16日

ミイラとか無事だと聞いていたのに・・・

Yahoo:「金箔ツタンカーメン像など18点盗難、デモ余波?

>エジプトのザヒ・ハワス考古相は13日、首都カイロにある考古学博物館から、古代エジプト新王国第18王朝のファラオ(王)、ツタンカーメンの副葬品など少なくとも18点が盗まれたと発表した。

 同博物館は、ムバラク前大統領の即時辞任を求める反体制デモが起きたタハリール広場のそばにある。副葬品などが盗まれた時期は不明だが、同博物館はデモの最中に暴徒が侵入し、収蔵品のミイラを傷つける事件が起きていた。

 盗まれたのは、金箔(きんぱく)が張られた木造のツタンカーメン像など。


先日ミイラとかは無事だったと聞いて安心していたのに、こんな事が起きているなんて非常に残念です

盗んだ連中が返してくれることを期待するばかりです


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110213-00000476-yom-int


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2010年04月13日

保守をつなぎ合わせる現代の龍馬はいないものか?

読売新聞:「「立ち上がれ志士」龍馬が運んだ手紙発見

>坂本龍馬が長州藩から土佐藩へ運んだ、土佐勤王党の決起を呼び掛ける手紙が約80年ぶりに見つかり、土佐山内家宝物資料館(高知市)が12日、報道陣に公開した。23日から高知市の県立文学館で公開される。

 長州の尊王攘夷派の中心人物、久坂玄瑞(くさか・げんずい)が勤王党の武市半平太(たけち・はんぺいた)にあてたもので、昭和2年に出版された史料集に掲載された後、行方が分からなくなっていた。同資料館の藤田雅子学芸員は「志士らしい情熱的な書体で、幕末の空気が伝わり貴重だ」としている。

 手紙は文久2(1862)年に書かれ、縦24センチ、横67センチの巻物。「諸大名も公卿も頼りにならず、草奔(在野)の志士を集めて立ち上がるしかない」「大義のためならば、長州藩や土佐藩が滅亡しても苦しくない」などの内容で、勤王党ら下級武士に決起を勧めている。


保守が分裂している現代日本によみがえった龍馬の手紙

ふと思うのはその分裂している保守勢力をつなぎ合わせる現代版の坂本龍馬はいないんだろうかと

もし中川昭一氏がご存命なら、その大役を務められたんじゃ無かろうかと考えてしまいました


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2009年07月30日

開けるべきではなかったんでしょうか?

Yahoo:「<キトラ古墳>石室内での壁画保存は困難 専門家グループ

>奈良県明日香村のキトラ古墳(7世紀末〜8世紀初め)からはぎ取った青竜など四神の壁画について、文化庁の古墳壁画保存活用検討会の保存技術ワーキンググループは「石室内に戻して保存していくことは技術的に困難」との見解で一致した。8月4日に開かれる同検討会に報告し最終的な方針を決めるが、古墳外の施設で保存する可能性が高くなった。

 ワーキンググループは、壁画の保存作業に携わる専門家らで構成。古墳内に戻して保存するか、古墳外の施設で保存するか議論を重ねてきた。29日の会合で「古墳内に温度や湿度を一定に保つ保存環境を作ることは難しい」との意見でまとまった。

 壁画は、石室内の湿度上昇などによりカビが発生し劣化が進んだため、04年から文化庁がはぎ取り作業を開始し、08年11月に終了した。現在は余白部分のしっくいのはぎ取りを続けている。


開けなければ調査できないですし、開けてしまうとこうなってしまうとなると、古墳の調査は難しいですね。遠い古代のことを知りたいと思いますが、しかし古代人が封印したものを壊してしまうのは、現代人として申し訳ない気も致します


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090730-00000021-mai-soci


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2009年06月09日

おかしな方向に行かないと良いんですけどね

Yahoo:「戦国史跡 「歴女」急増中 武将の男らしさに…

>戦国時代の史跡が若い女性たちでにぎわい、武将をテーマにしたグッズも女子大生らに人気だ。背景にあるのは、歴史好きの女性「レキジョ」(歴女)の増加。歴史を扱う本の売れ行きも好調で、武将を取り上げた文庫本を復刊する動きも出ている。なぜ、いまレキジョなのか。

何に関心を持とうと、人それぞれだとは思いますが
変な方向に行かないで欲しいですね

歴史上の人物、ほとんどが実在の方々ですから、下手な思い入れをして侮辱するまでは滅多ないでしょうが、ゆがめたりおかしな真似をしないで欲しいなと思います

ご子孫もいらっしゃる場合もありますからね、気をつけないといけないと思います


ま、こんなことは無いでしょうけどね
朝日新聞が徳川家の人々を将軍で同じだからと、北の金一家になぞらえたのは最低最悪でしょ?

”博士の独り言”:「朝日「天声人語」の毀損」にてご参照ください


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090609-00000007-maip-soci


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タグ:歴女 歴史 武将
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2009年05月20日

なまはげユネスコ無形遺産へ?

Yahoo:「なまはげ、ユネスコ無形遺産に=13候補を新たに決定−文化庁

>国連教育科学文化機関(ユネスコ)が選定を進めている無形文化遺産について、文化庁は20日、秋田の「男鹿のナマハゲ」、広島の「壬生の花田植」など13件を新たな国内候補に決めた。8月までに政府として推薦する。
 同庁は昨年に続いて、国の重要無形文化財、重要無形民俗文化財、選定保存技術の中から、指定、選定順などを考慮して13候補を選んだ。来年9月に開かれるユネスコ無形文化遺産委員会で審査対象となり、いずれも「代表一覧表」に記載される見通し。
 無形文化遺産には、後世に守り伝えるべき世界各地の民俗芸能や口承文化が選ばれる。世界遺産と違って諮問機関による評価、勧告はなく、十分に保護されているか、地元の同意が得られているかなどが書類審査される。
 

日本に古くから伝わる伝統芸能が国際的に認められることは良いことです
少しでも多くものが、遙か先の後世へ残っていって欲しいと思いますよ


ただ、なまはげを子供への虐待だと言いがかりを付ける連中が居るのがすごくイヤなんですよね


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090520-00000098-jij-soci


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2009年03月23日

ぜひ徹底して欲しいです

ヤフー記事:「<火災>歴史的建造物の防火徹底を指示 消防庁

>「旧吉田茂邸」(神奈川県大磯町)や重要文化財「旧住友家俣野別邸」(横浜市)など歴史的建造物の焼失が今月相次いでいることを受け、総務省消防庁は23日、建造物の点検など防火対策を徹底するよう、都道府県と政令市に通知した。炎を探知するセンサーや防犯カメラの設置など防火対策の強化のほか、確実に消防への通報や初期消火ができるように防火訓練の徹底を図るよう要請している。

その通りですね
文化的価値が高いものに対する火事などへの対策はしっかりと行って欲しいと思いますよ

金閣寺への放火事件以来、このような文化財への防火対策は結構しっかりとしているかと思っていましたが、そうでもなかったというのが非常に残念なことです

各地でいろんな文化財があるはずですが、火災に限らず盗難などへの対策をしっかりとして欲しいと思います

こういう文化への出費は、こういう次期には難しいものかもしれませんが、一度失われてしまったら二度と戻ってこない貴重なものばかりです
残念でした、では済まないと思います


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090323-00000064-mai-soci


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2009年03月12日

罰当たりですね

ヤフー記事:「国宝拝殿に放火 7カ所燃える 天理・石上神宮摂社

>12日午前4時半ごろ、奈良県天理市布留町の石上(いそのかみ)神宮で、国宝「摂社出雲建雄(せっしゃいずもたけお)神社拝殿」の格子戸などが燃えているのを社務所で当直していた権禰宜(ごんねぎ)の道上昌幸さん(32)が発見、119番した。火は道上さんが消火器で消し止めたが、建物前部の木製の格子戸や後部の土壁など7カ所、延べ約1平方メートルが焦げた。けが人はなかった。

 天理署や天理消防署によると、同拝殿から約20メートル離れた建物付近に、油類の入ったビンとライターが落ちており、道上さんは「油のにおいがした」と話しているという。現場付近にふだんは火の気がないことから、天理署などは放火の可能性が高いとみて調べる。

 同署によると、同神宮に門扉などはなく、夜間でも自由に出入りできるという。同拝殿前には高さ約50センチの柵があるが、同署などは、何者かが乗り越えて火をつけた可能性もあるとみている。

 同拝殿は幅約12メートル、奥行き約2・7メートル、高さ約4メートルの切り妻造り、檜皮(ひわだ)ぶきの木造。石上神宮の本殿や拝殿の南側に位置し、鎌倉時代の建築とされる。もともとは明治時代の廃仏棄釈で廃寺となった近くの内山永久寺の鎮守・住吉神社の拝殿で、大正時代に移築された。格子戸をたて、軒先は唐破風。昭和29年に国宝に指定された。木造の建物が中央通路をはさんで屋根続きで左右に分かれる「割拝殿形式」が特徴で、左右両方の棟の格子戸などが燃えた。

 石上神宮はJR天理駅の東約2キロで、市街地東部の山麓(さんろく)に鎮座し、古代の幹線道「山辺の道」に面している。布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)を祭る古社で、武器にまつわる伝承が多い。同神宮の権禰宜、湊久昌さん(41)は「日ごろから消防訓練をしていて、すぐ消し止められて被害が広がらずにすんでよかったが、放火だとすれば残念。今後は防犯カメラの設置も検討したい」と話していた。

 文化庁文化財部は奈良県を通じて状況を調査しており、「復旧工事が必要なら県などとともに検討したい。最近は文化財への放火が相次いでいるので、今後、注意喚起していきたい」としている。


こういう神社仏閣というか歴史的な重みのあるものに火を付けるなんて、本当に罰当たりな人が出てくるようになったんですね
先日も仏像を盗むという阿呆がいましたけど、日本人の中にあるはずの神仏に対する畏敬の念というものが無くなってしまったんでしょうか?だとしたら本当に残念なことです

また、こういう神社などでは火災対策を念入りにして欲しいと思いますし、それに対する援助を行政はして欲しいです


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090312-00000144-san-soci


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2009年03月05日

文化財に対する意識の低さ

ヤフー記事:「世界遺産・姫路城で100以上の落書き見つかる

>世界遺産・姫路城(兵庫県姫路市)の大天守(国宝)などで、100以上の落書きが見つかった。

 10年以上前の落書きもあるとみられ、管理する姫路市は、目につきにくい場所だったため、これまで、わからなかったという。同市は近く、一般公開している建物内を調査し、復元方法を検討する。

 市が1月、大天守の最上階の柱で落書きを発見、その後、西の丸にある櫓(やぐら)(重要文化財)の階段の裏や窓の戸に「タカユキ ミキ」などの人名や年月日が刃物で彫られたり、ペンで書かれたりしているのを確認した。

 文化財保護法では、重要文化財への落書きは5年以下の懲役か禁固、または30万円以下の罰金となる。


姫路城に限らないことですが、日本各地また世界各地にある様々な文化財などに平気でいたずら書きできる神経がわからないですね
先だってのイタリアでやった人たちがいたけど、これはたまたま向こうの人たちがおおらかで良かったなとは思いますが、もう少しそういうものに対する畏敬の念というものを持って欲しいなと思いますよ

また、そういうところを管理している人たちも、もっと厳しく監視して欲しいなと思います

話はそれますが、仏像盗難事件がありましたが、それは寺社へ来る人たちに悪い人がいないという前提でいたからこその犯罪だったんだと思います

監視を厳しくしておかないと、日本人もだいぶモラル心が無くなってきたようですし、朝鮮人のようなはなっから盗み目的で来日するような連中もいますから、いたずら書きやら盗難やらは無くならないと考えます

経費的には厳しいでしょうけど、しっかりと対策をして欲しいと思います

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090305-00000152-yom-soci


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2009年03月02日

仏像窃盗犯捕まる

ヤフー記事:「「涙が出るほどうれしい」 関係寺院は安堵 仏像盗難事件

>京都市内の寺院で相次いだ仏像盗難事件で阿部逸男容疑者が逮捕され、自宅から盗まれたとみられる仏像が見つかったことを受け、寺院関係者からは一様に安堵(あんど)の声が上がった。

 「見つかったと聞いたときは涙が出るほどうれしかった」。臨済宗建仁寺派の真神仁宏宗務総長は、発見の知らせにほっと胸をなでおろした。

 「盗まれてからの1カ月間、胸に鉛が入ったような気持ちだった。どんな状態で見つかったのかまだ分からないが、とにかくうれしい」。建仁寺では、檀家(だんか)などから代わりの仏像を寄進する話もあったが、「帰る場所がなくなったら、もう観音像が戻ってこなくなるような気がして」場所を空けて待っていたという。

 一方、東寺の砂原秀樹総務部長は「事件以降、信者さんが心配してお参りにきていたので、皆さん安心すると思う。売りさばかれていなかったのは不幸中の幸い」。毘沙門堂の大森行隼執事長は「早くお戻りくださいと願っていたが、仏様が無事に帰ってくればそれでいい。犯人の心が豊かな方向に向かうことを祈ります」と静かに話した。


神仏を恐れぬ所業だけに日本人ではなく、朝鮮人かと考えてましたけど、日本人とはね
ここまで日本人も落ちぶれたのかとがっかりしてしまいました

どんな人であっても神仏に対する畏敬の念くらいは持っているんだろうな思っていたのですが、しかも若いならともかくそれなりに年齢を重ねた人だけに余計にその思いは強いです

日本人としての感性はどこへ行ってしまったんでしょうか?
戦後日本人の精神性というのは、おかしな自由主義のためにどこかへ行ってしまったんでしょうか?それはそれで残念です


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090302-00000520-san-soci


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2009年03月01日

貴重品を中国へ持ち込んで大丈夫?

ヤフー記事:「鑑真と空海の座像、上海で展示へ=万博に合わせ来年秋に−中国

>2010年に中国・上海で開催予定の万博に合わせ、中国唐代の高僧・鑑真と、遣唐使だった弘法大師・空海の木製座像が上海で展示される見通しとなった。
 麻生太郎首相が27日、同市内で開かれた万博「日本館」起工レセプションに寄せたメッセージで明らかにした。首相はこの中で「古来の日中の深いきずなに思いを寄せてほしい」と狙いを語った。
 奈良の東大寺が所有する国の重要文化財「木造鑑真和尚坐像」と、和歌山の高野山金剛峰寺が所有する「木造弘法大師坐像」、さらに空海が唐から持ち帰った国宝「木造諸尊仏龕(しょそんぶつがん)」が展示の目玉。文化庁によると、来年9月から11月にかけて、上海博物館で展示する方向で調整している。
 

麻生首相も好意から仰っておられるんでしょうけど
中国なんぞへ、このような貴重品を送り出して良いものなんでしょうか?
心配で心配でなりません
盗まれたり、壊されたりしないという保証が無いでしょう?


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090227-00000256-jij-int


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2009年02月05日

ドガ

ヤフー記事:「ドガの踊り子像に17億円=日本人が落札−英紙

>英紙イブニング・スタンダードによると、大手競売商サザビーズで4日までに、印象派の絵画などの競売が行われ、エドガー・ドガの踊り子のブロンズ像が約1320万ポンド(約17億円)で落札された。ドガのブロンズ像としては史上最高額で、日本人が落札したという。

恥ずかしながら、ドガというと絵画ばかりでブロンズ像を作っていたなんて知りませんでした

写真がないので、どのようなブロンズ像なのか知るよしもありませんが、絵画と違った趣もあって楽しめそうなので、飾ってみたい気も致します
複製品でも結構お高いでしょうねぇ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090205-00000051-jij-int


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2009年02月02日

本当にセクハラだったの?

ヤフー記事:「蘇民祭 岩手の奇祭、今年は静かに熱く

>裸の男衆が麻で作られた蘇民袋を奪い合い、無病息災などを願う岩手県奥州市の奇祭「黒石寺蘇民祭(こくせきじ・そみんさい)」が1日夜から2日明け方にかけて、同寺境内で繰り広げられた。

 同祭りは隔年で「動」と「静」をテーマにしており、「動」がテーマだった08年の開催告知ポスターに男性の胸毛が写っていたことから、JR東日本が「セクハラ」として掲示を拒否し、一躍注目を浴びた。今年のテーマは「静」で、ポスターには雪が舞う同寺本堂の写真を採用した。取材陣は昨年より減ったものの、奥州市によると、今年も在京の民放キー局など23社の64人が詰め掛けた。

 同祭りは、神に守られ疫病を退散させたという蘇民将来の逸話が基になっている。祭りのクライマックスである蘇民袋の争奪戦が始まったのは2日午前5時ごろ。氷点下の中、体から湯気を立ち上らせた下帯姿の男たちが「ジャッソウ、ジャッソウ」の掛け声を上げながら、蘇民袋と袋に入った小間木(こまぎ)と呼ばれる護符を求めて激しくもみ合った。


このお祭りは記事にあるとおり静と動のテーマを繰り返しているそうで、昨年騒動になったときは動がテーマだったとのこと
確かに激しいポスターでしたが、それをセクハラだと訳のわからない言いがかりを付けたのには本当にあきれました

言いがかりを付けた人には猛省して欲しいですね
現代の視点で、伝統的な祭りにケチを付けるのは本当に止めて欲しいと思います

現代の考えで過去から続くものにあれこれ言ったところで、通じるものではないですし、むしろ汚すようなものでイヤです


また、ゲイとか変態同性愛者が、この祭りに紛れ込んで変態行動をすることもあるとか
こいつらも本当に下衆すぎてイヤですね
消えて欲しいですよ


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090202-00000006-maip-soci


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2008年12月10日

人類の遺産を

ヤフー記事:「<高松塚古墳>「飛鳥美人」修復不能

>「飛鳥美人」で知られる高松塚古墳(奈良県明日香村)の国宝壁画・東壁女子群像が損傷した問題で、文化庁は10日、損傷部分を改めて調査、修復は不可能と判断した。壁画上で9日に確認したしっくい片を採取して調べたが、壁画からはがれた部分と一致しなかった。

貴重な遺産になんてことをするんですかね
誰がやったのかわかりませんが、その重大さを良く噛みしめて欲しいなと思いますよ
二度と直らない事態にまでしてしまうなんて、情けない限りです

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081210-00000072-mai-soci
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2008年10月29日

貴重な文化財に人気のあるなしは

関係ないですよね

ヤフー記事:「高松塚古墳人気に翳り? 見学希望者減少

>11月2日から始まる高松塚古墳(奈良県明日香村)に描かれた「飛鳥美人」などの国宝壁画の一般公開で、見学希望の応募者数が5357人で、今年5〜6月の初公開時の約4割にとどまったことが29日、分かった。定員の4400人はかろうじて上回ったが、「高松塚フィーバーが下火になった」との見方や、「壁画が見えにくい」とされる公開方法が応募者の減少に影響したとの推測も。主催の文化庁は「やっと落ち着いた感じ」と冷静に受け止めている。

 壁画の一般公開は、同古墳近くの修復施設で行われ、専用通路からガラス越しに約15人ずつ10分間見学できる。9月19〜30日に行われた今回の見学者募集には、全国から3006通、5357人が応募し、抽せんで4418人が当選。競争率は1・21倍だった。


いくら何でも、人気の有無で貴重な遺産の保護の仕方を考えるなんていう間抜けなことはないとは思いますが
こういう記事の書き方はどうかと思いますね

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081029-00000612-san-soci
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2008年10月20日

貴重な建物を残せないの?

ヤフー記事:「歌舞伎座が建替えへ、2010年で120年の歴史にひとまず幕

>1889年に創立されて以来、日本の伝統文化である歌舞伎を上演し続けてきた代表的な歌舞伎劇場の歌舞伎座が、再開発計画に伴い2010年4月の公演で、およそ120年にわたる歴史にひとまず幕を下ろすことが20日(月)わかった。新劇場の概要などについては09年1月中旬に発表される予定だ。

 今回の決定は、この日松竹が発表した、劇場とオフィス棟を併せ持つ複合建物を建設するという歌舞伎座の再開発計画に伴うもの。また、09年から1年4か月にわたって「さよなら公演」と銘打った舞台が上演される。


再開発という名前の文化破壊じゃないですかね?
立て直すのはともかくとして、今ある歌舞伎座を何らかの形で残すことは難しいんでしょうか?

歴史的に価値のあるものをあっさり破壊するというのは、良いことだとは思えませんし、むしろ悪だと考えます

どうも、日本という国というか風土は歴史的なものとか文化的なものには理解が少ないように感じてしまいます
そういう事に金を出せないのは、社会に余裕が無く文化が成熟してないからなのでしょうか?

欧米などは結構保存に熱心ですけども、それは石の文化と紙と木の文化の差異なのでしょうか?

まだ時間があるようなので、保存を検討して欲しいなと思います

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081020-00000019-oric-ent
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