2018年12月17日

殺人罪が適用されたとしても異常なまでに加害者の人権が保護されるこの国では・・・https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181214-00188460-diamond-soci

Yahoo:「東名あおり運転に懲役18年、なぜ「殺人罪」が問われなかったのか」

東名高速道路あおり運転事件で、自動車運転死傷処罰法違反(危険運転致死傷)の罪に問われた石橋和歩被告(26)に横浜地裁(深沢茂之裁判長)は14日、あおり運転と死亡事故の因果関係を認め、懲役18年(求刑・懲役23年)の判決を言い渡した。石橋被告の蛮行が2人の生命を奪った事実は明白なのに、罪に問えるかどうかが公判の争点だったことは一般の方々に分かりにくく、理不尽に感じたに違いない。そんな中、良識ある判断をされた裁判員には敬意を表したい。現行法でも「殺人罪」の適用は十分に可能との指摘もあったが、神奈川県警と横浜地検は適用を見送った。しかし、あおり運転の末に相手を死亡させたとして殺人罪で起訴した例はある。被害者は通り魔に殺されたのも同然で、誰もが納得できる重い刑罰の適用か、新たな法の制定が求められる。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

● 「人間的な感覚」が欠落?

 判決によると、石橋被告は昨年6月5日夜、パーキングエリアで静岡市の萩山嘉久さん(当時45)から駐車方法を注意されて逆上。萩山さん一家4人が乗るワゴン車に妨害を繰り返し、東名高速の追い越し車線上に停車させ、大型トラックによる追突で萩山さんと妻の友香さん(当時39)を死亡させたうえ、姉妹2人を負傷させた。

 誤解を恐れずに言えば、石橋被告はいま、日本中の憎悪を一身に浴びていると言っていいだろう。これまでにも飲酒やひき逃げなどで、複数人の生命を奪った悪質な交通事件はあった。しかし、ここまで連日、大きく扱われた事件は記憶にない。

 ではなぜ、この事件がここまで注目され、石橋被告に憎悪が向くのか。

 テレビの映像でご覧になられた方も多いだろうが、実況見分であくびを何度も繰り返し、笑みを絶やさないふてぶてしい態度。産経新聞の面会要請に「俺と面会したいなら30万からやないと受つけとらんけん」(原文ママ)と金銭を要求するなど、かなり人間的な感覚が欠落しているという印象を受ける。

 公判でも反省しているとは微塵(みじん)も感じられない姿勢に、取材した司法担当記者も一様にあきれ果てていたようだ。

 そして何より、弁護側が無罪を主張。しかも、その無罪主張が荒唐無稽なものではなく、専門家によっては「罪状が成立するのは困難ではないか」との指摘もあり、ネットでは関連記事にかなり過激な書き込みも見られた。

 なぜ「無罪」主張が可能なのか。

危険運転致死傷はもともと「運転中の行為」に対する処罰を前提にした法律で、飲酒や覚せい剤使用、大幅な速度超過など「通常の運転ができない状態」を対象にしている。

 今回、石橋被告は停車し、降車した状態だった。この点が一部専門家から「困難」と指摘された理由だ。

 成立して日の浅い法律だが、法の運用は厳格でなくてはいけない。

 しかし、検察側としても今回の事件で無罪放免とするわけにはいかない。そこで予備的訴因として、死亡した夫婦らを「現場」にとどまらせた行為について「監禁致死傷罪」を追加した。

 では、夫婦らは「監禁」された状態だったかを考えると、「これも厳しい」との見方があった。

 今回の判決は危険運転致死傷の成立を認めたが、厳格に法を適用すると「無罪」の可能性があったのだ。2人の生命を奪い、罪の意識さえ感じていないような姿勢に、無罪の可能性…。世間の憤りが噴出するのは当たり前だった。

● 別の器物損壊や強要未遂も

 初公判からの動きを追ってみよう。

 3日の初公判。石橋被告は夫婦2人が死亡した事実関係は認めたが、弁護側は「妨害運転と夫婦の死亡に因果関係はない」と主張した。

 5日の第3回公判で石橋被告は「カチンときた。むかついて追いかけた」と供述。事故が起きるのではないかとの予見性(争点部分)には「考えていなかった」と述べた。一方で、検察側の「夫婦に落ち度はあったのか」との尋問には「ないと思う」。あおり運転を繰り返した理由に対しては「勢いじゃないですかね」と他人事のように答えていた。

 6日の第4回公判では、東名あおり運転事件とは別の器物損壊や強要未遂の罪計3件を審理。東名あおり事件の後にも、別の車両にあおり運転をした後「殺すぞ」と怒鳴り、中国自動車道で昨年5月、山口県警のパトカーにあおり運転をするなど、信じられないような事実も次々に明らかにされた。

 また、元交際女性の「昨年4月から8月末までに同様のトラブルが10回以上あった」とする供述調書が読み上げられた。起訴された3件について、検察側は「いずれも自分の車が追い越されたことに腹を立て、文句を言おうと無理やり止めさせた」とし、その後も「降車を要求したり、ドアを蹴ったりして執拗(しつよう)かつ悪質」と指摘した。

 7日の第5回公判。弁護側から「どう償うか」と問われ、あきれたことに「分からない」と回答。謝罪文には「事故がなければ彼女と結婚する予定でした。彼女は体が弱く自分が支えたいと思っていたので、事故のことはお許しください」などと記されていた。

 筆者は謝罪文の内容を聞いて、耳を疑った。置かれた立場をわきまえない、あまりの身勝手さ、低い思考レベル、幼稚さに精神的な“異常”さえ感じ「もしかしたら、心神耗弱で罪に問えないのではないか」とさえ感じてしまった。

 しかし、この事件に対する世間の憤りは、石橋被告本人の言動だけではなく、その“行為”を罪に問えない可能性があった理不尽さにあるのは間違いない。

 そして、ネットの書き込みなどでは、「殺人罪に問えない」ことに対する不満が渦巻いていた。

 なぜ問えないのか。

● 「未必の故意」で問えた殺人罪

 結論から言うと「問えなかった」のではない。「問わなかった」のだ。筆者の後輩である全国紙社会部デスクと見解は一致した。「交通法規に固執したからだ」と。

 高速道路の追い越し車線に無理やり割り込み、停車させた。そこに高速で走行している後続車が追突する可能性…。その結果は分別が付く年齢なら子どもでも理解できるだろう。

 「未必の故意」という言葉は聞いたことがあると思う。

 確定的な意思を持って犯罪を行うのではなく、結果的に犯罪行為になっても構わないと思って犯行に及ぶことを指す。殺人事件の場合、明確な殺意がなくても、相手が死ぬ危険性を認識していれば、故意として殺人罪が適用される。

 今回の事件は「未必の故意」が成立しないと言えるだろうか。前述の通り、幼稚で身勝手、低い思考レベルではあるが、石橋被告はまがりなりにも普通に社会生活を送っていた。

第5回公判で、石橋被告の車に同乗していた元交際女性は「高速道路なので、ひかれて最悪は亡くなると思った」と語っていた。石橋被告をかばうどころか、未必の故意があったと明言したのだ。

 もし成立しないと言うなら、それは未必の故意の不成立ではなく、前述の通り、心神耗弱だった場合であろう。しかし幼稚で身勝手、低い思考レベルではあっても、少なくとも心神耗弱だったようには見えない。

 では、あおり運転で殺人罪の適用はやはり不可能なのだろうか。

 実は7月、オートバイの大学生をあおり運転の末に追突して死亡させたとして、大阪府警が乗用車を運転していた警備員の男を殺人容疑で逮捕。大阪地検堺支部が殺人罪で起訴している。

 前述の全国紙社会部デスクは「(今回の事件発生当時)前例がなかったとはいえ、神奈川県警と横浜地検はあまりに腰が引けていた。確かに検察は前例踏襲主義で、前例がない場合は二の足を踏む傾向にあるが、むしろ前例を作るためにも今回は挑戦すべきだった」と話した。

 そして「殺人罪での起訴のほうが、事件として分かりやすかったと思う。社会的常識を備えた裁判員なら、殺人罪でも理解してくれたと思う。弁護側も無罪主張ではなく、罪の軽減・情状酌量狙いだったかもしれない」と付け加えた。

● 普及するドライブレコーダー

 この事件を契機に、大きく変わった点が2つある。

 1つは警察庁があおり運転の摘発強化を全国の警察に通達し、摘発件数が飛躍的に伸びたことだ。

 警察庁によると、1〜6月に高速道路や一部自動車専用道路で前方の車両と車間距離を詰め過ぎたなどとして摘発した件数は6130件に上り、昨年同期の3057件から倍増した。一部の警察本部はヘリコプターを投入し、警察車両と連携した取り締まりを実施。6月には全国一斉の取り締まりも行ったという。

 もう1つはドライブレコーダーの普及だ。

 一般社団法人ドライブレコーダー協議会によると、2017年度下半期の出荷実績は約181万7000台で、上半期の約84万8000台から倍以上に伸びた。

 実は筆者も、あおり運転を受けたことがある。

 新人記者だった三十数年前、九州に赴任した時だ。そのことを担当する警察署の交通課長(警部)に告げたところ、「東京のナンバーを付けてるからじゃねぇかな。早めに陸運局に行くこと(ナンバーを交換すること)をお勧めするよ」とアドバイスされた。確かに、ナンバーを変えてから被害はなくなった。

 そして、あおり運転が原因と思われる事故も何度かあった。

 峠で高齢女性がスピードを出し過ぎてハンドル操作を誤ったとされる死亡事故。当時、死亡事故は大きなニュースがなければ県内版トップになることがあった。現場に写真を撮りに行き(こんな場所でおばあちゃんがスピードを出すかな)と疑問を感じた。前述の交通課長に疑問をぶつけると「俺も自爆じゃないと思う。でも、証拠がないとどうしょうもねぇんだ」。ドライブレコーダーがあったら、“自損事故”で終わっていただろうかと今でも思う。

 この交通課長は「車ってなぁ、拳銃や刃物より殺傷能力が高いんだ。そんな凶器に乗って乱暴な運転はしてほしくないんだけどなぁ」とも話していた。

 萩山さん夫婦の長女(17)は10日の公判に意見書を提出した。「この事件がきっかけで、ドライブレコーダーを付ける車が増えてきて、あおり運転が減ったと聞いています。両親の死が無駄でなかったことがせめてせめてもの救いです」

 「家族みんなで死ねばよかったと何度も思った」とのくだりでは、検察官が目を潤ませ、言葉に詰まる場面もあった。

 「私はキリスト教の学校に行っていて、人を許しなさいと教えられていますが、これについては許せないし、許していいか分かりません」などとし、厳罰を望んだ。

 石橋被告だけではない。あおり運転で身に覚えのある方は、長女の慟哭(どうこく)に懺悔(ざんげ)し、2度としないと誓ってほしいと思う。


まぁ反省も何もしないだろうし
刑期を終えて出てきたら、間違いなくまた殺るだろうと思いますよ

それだけの悪事を働いたんだけど、それでも罰することが出来ないのがこの国の法
悪法でも法は法とはいいますけど、被害者の人権よりも加害者の人権の方が守られる事だけは納得出来ないですよね

犯罪者にもっと厳罰をっていう市井の声を司法の場へ届けるために裁判員制度が出来たかと思いますけど
どこまで届いてますかね?
結局は法に定められてないから、判例に従うからなどの理由で
大した罪にならないまま終わることが多い気がします

そういうわけで国会で刑法をより厳しいものへ変えていきたいって言う議員が出てきたら是非支持したいですね
そういった意味でも日本国憲法が害悪なんだよなぁって感じます。結局今の司法の雰囲気を作っているのが憲法な訳ですし
憲法学者ってだいたい反日思想を思っていたり実際に反日活動家だったりする例が多いですよね


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posted by ! at 19:31| 東京 ☀| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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