2018年10月07日

メチャクチャに潰したのは小池都知事だったよね?>築地跡地の未来https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181006-00000546-san-soci

yahoo:「浮かんでは消えた築地の再整備・移転計画 跡地の未来は見えず

築地市場83年の歴史は、戦後復興・高度成長とともにあり、「日本の台所」として食卓を彩ってきた。一方、老朽化により、昭和40年代からは再整備・移転計画が浮かんでは消え、半世紀近くの懸案に。移転後の課題も多く、跡地利用の方針が決まっていないほか、跡地を通る幹線道路は移転延期の影響で計画変更を余儀なくされ、2020年東京五輪・パラリンピックでの輸送能力ダウンが想定されている。

 築地市場のルーツは約400年前、17世紀初頭までさかのぼる。東京都などによると、徳川家康に従って漁民が大阪から日本橋付近に移住。幕府に魚を納め、余りを庶民に売る許可も得た。これが市場のルーツとなり、「日本橋魚河岸(うおがし)」として繁栄した。

 しかし、大正12年の関東大震災で日本橋を含めた東京の複数の市場が焼失。その後、震災復興事業として、京橋にあった青果市場が合併して昭和10年、築地市場に生まれ変わった。

 戦後復興で栄える中、流通のあり方が築地市場も変えた。かつては船で直接、築地市場に魚を水揚げし、乗り入れる貨物列車が生鮮食品を運んだ。やがて高度成長で車社会が到来し、場内も車や人で混雑した。

 老朽化も進んだため、47年には築地の機能を新たな市場に一部移転する案が出たが、業界の反対で頓挫。61年には、現在地再整備案が浮上したが、整備費の増大や業界との調整が難航するなどの問題が生じ、白紙に。改めてテーブルについた都と業界側が調整を進め、平成13年に豊洲移転が決定した。

 解体後の跡地は東京大会関係車両の輸送拠点として整備されるが、小池百合子都知事が移転延期を決断した影響で、急ピッチの作業を迫られている。

 また、跡地を通る幹線道路で東京大会の主要輸送ルートとして想定されている「環状2号線」(環2)も、移転延期の影響で計画通りの整備を断念。片側2車線の地下道路という当初計画が大会に間に合わないことから、計画変更して片側1車線で地上部分に暫定整備することになった。輸送能力の大幅減は必至だ。

 東京大会以降の跡地再開発については、都が設置した有識者会議の今年5月の最終報告書で、具体案が示されなかった。都は今年度中に再開発に向けたまちづくり方針を策定するが、都心の一等地にある築地の未来は、未確定のままになっている。


都が何年もかけて計画し実行してきたことを、選挙受けのために一切合切をたたきつぶして根底からひっくり返したのが小池だよね
そのためにどのくらいの損害が出たのかをきちんと清算したら、また別の考えも出てくるかもしれませんね!

しかし、小池以外ろくな候補者がいなかったことも事実
都知事候補の枯渇が痛いです


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181006-00000546-san-soci


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posted by ! at 20:52| 東京 ☁| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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