2017年01月28日

イクメンという言葉がおかしい>どう考えても父親でしょ?http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170128-00010001-bfj-soci

yahoo:「「男らしさ」「イクメン」が苦しい男たち

「男らしさ」「イクメン」が苦しい男たち

イクメン啓発ポスター
イクメンだって苦しい

男の生きづらさを語るーー。ひと昔前なら見向きもされなかったような、議論が注目されている。男らしさ、父親らしさ、イクメンに苦しむ男たちは、自分を語る言葉をもっていない。「らしさ」から逃れ、自身の弱さと向き合うために何が必要なのか?【石戸諭 / BuzzFeed】
男性問題とはなにか?

「男だから×××してはいけない」。×××の中に何を思い浮かべるだろう。
男は泣いてはいけない、弱音を吐いてはいけない、強くなくてはいけない、×歳までに結婚して妻と子供を養わなければいけない、父親として……。

「男らしい男」を理想とする幻想が、この社会には厳然としてある。理想どおりになれない男たちが抱えこんでしまう問題、これを男性問題と呼ぼう。

『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』で男性問題を考察した批評家の杉田俊介さん(42歳)はこう語る。

「男性問題とは男の弱さの問題であり、男の弱さとは自分自身の弱さを認められない弱さ。ねじれたややこしい弱さなのです」
「男らしさ」「イクメン」が苦しい男たち

杉田俊介さん

「男の弱さ」を考えるために一つのエピソードから入る。杉田さんの子育て体験だ。
杉田さんは批評家デビュー前から、介護現場、とりわけ障害者介護の現場に身を置いた。同じく介護現場で働く妻と結婚し、息子も生まれた。大変だったのはここからだ。

子供は超未熟児で生まれた。

批評家としての評価が固まっていくタイミングだったこともあり、共働きの妻がフルタイムで働くことに。杉田さんはパートタイマーとして介護にかかわりながら、家に残り育児と物書き生活の両立を目指すことになった。

子供は頻繁に高熱を出す。高熱によるけいれんも起こし、半日意識が戻らないこともあった。アレルギー、アトピー、ぜんそく……。つぎからつぎに起きる身体の異変に右往左往する日々が始まった。

ほどなく、杉田さんは育児ノイローゼになった。

まず不安で眠れない。「寝ている間にけいれんを起こしたら、なにか起きたら……」。考えれば考えるほど、強まっていく感情は不安ではなく、恐怖と呼ぶほうが適切かもしれないと今は思う。

すがるように子育て本を読んでも、読んでも、そこに描かれているのは、ダメな男の姿ばかりだ。

男は育児を手伝わないを前提に、どうすれば男を手伝わせることができるかというノウハウは書かれているが、自分にとって大事なことは書いていない。

結局、男は役に立たないということかと気落ちした。だからといって弱音を吐いたらどうなるか。

自分の内側から聞こえてくる声はこうだ。

「家事労働は歴史的に女性に押し付けられてきたものだから、男性がそれくらいやるのは当然ではないか」

「世の中にはイクメンと呼ばれる人たちがいて、仕事も育児も両立しているではないか」

自分はもっとしっかりと父親らしくあらねばならない。家庭内で男の役割を果たさないといけない。そう思えば思うほど、気づくのは自分の情けなさであり、いきつくのは役割を果たせない自分の否定だ。

子供のそばを離れてはいけない、苦しい子供の前で父親として弱音を吐いてはいけない。でも、いくら頑張っても、子供は思いとは裏腹に体調を崩す。杉田さんの心身のバランスも崩れていった。

直面したのは、決意していたことがまったくなにもできない自分の弱さだ。それを救ってくれたのはケアをしているはずの子供だった。

高熱にうなされる子供が、添い寝をする杉田さんの頭をそっと撫でた。苦しいはずの子供が差し伸べた手が、弱った父親を慰撫する。

そうか、と杉田さんは気づく。子供が弱い存在なのではなく、自分こそが弱い存在だったのだ。

自分は一人では生きられないし、支えることもできない。そして誰かを思い通りにすることはできない。だからこそ、他者とともに生きていく。

弱さ、強さとはなんだろう。

いまの男の「弱さ」は、自分は強くなければならないと思い込むところにある。誰かとともに生きていること。上下関係ではなく、一緒にいるということ。そこに気づけないこと、それ自体にあるのではないか。

杉田さんは子育て経験から、自分の弱さに正面から向き合うことになり、弱い自分の存在を受け入れる道があることに気がつく。

「男らしくなれない自分から逃れたいと思っているのに、男らしくなれないことにも嫌悪感を感じる。結果的に、どうあっても自分を否定してしまう。『弱さ』を吐露してはいけない、という強迫観念から自己否定を続ける」

つまり、「男性問題は弱さを語る言葉そのものが、男にはないという問題」なのだ。


「男性問題」としての自殺問題

自分たちが何に苦しんでいるのか、言葉にできない。生きづらさを抱えているのに、男の悩みはねじれ続ける。

男性問題が極端な形であらわれているのが、自殺問題だ。自殺予防に取り組んできた精神科医、松本俊彦さんの著書『アルコールとうつ・自殺』にはこうある。
男女別の自殺死亡率をみると、高いのは男性の死亡率だ。
アルコールとうつ

国際的にみても、自殺で死亡しているのは男性のほうが多い。その比率は概ね2:1〜3:1だ。これは日本も例外ではない。

自殺対策としてうつ病対策がとられるが、はたして、それだけで男性の自殺は防げるのか。

日本で統計をとると、男性と女性では、女性のほうがうつ病になっている割合が高い、というデータがでてくる。

しかし、と松本さんは注意を促す。臨床経験からいえば、男性は重篤にならないと精神科を受診しない傾向がある。受診が遅れる理由は、男性の多くが「男は泣いたらいけない、弱音を吐いたらいけない。強くなければいけない」という文化的、社会的プレッシャーとともに成育してきたからではないか、と問う。

男は傷ついている自分の心や、心の疲れそのものを否認し、無視することが習性になっている可能性があり、アルコール摂取、つまり酒に逃げることが男性の自殺と結びつくと指摘する。

「悩んでるんだよね」「まぁまぁ一杯飲んで忘れよう」。
男性社会で普通に繰り交わされる、こんな会話にこそ落とし穴がある。弱さと向き合う前に、お互いの苦労話やグチをかわし、残るのはどうしようもないむなしさだけだったりする。

アルコールはその場限りの高揚をもたらすが、高揚の先には急激な落ち込みが待っている。自己実現の夢を追い求め、働き盛りだと思われていた男が、ある日なんの兆候もなく自殺をする。

借金苦だといわれる自殺も、よくよく調べれば、冷静に考えることさえできていれば、なんとか対策がとれる額だったりする。そんな自殺は決して珍しくない。松本さんが強調するのは、借金そのものよりも大きな問題、つまり彼らに共通する、人に助けを求められない、弱音を吐けないという心性だ。

本当は問題を抱えているのに、傷ついているのに、ときにアルコールでそんなものは無いと自分の心にふたをする。弱さを否認し続け、結果的に、自分で自分を追い込み、最後は死を選ばざるをえないと思い込んでしまうのだ。


男は圧倒的に優位だけど……

杉田さんの話に戻る。
杉田さんは男性問題には語りにくさがあるという。まず確認しないといけないのは「男」(それも異性愛者の男)は圧倒的にマジョリティ(多数派)であり、既得権益を持っていることを忘れてはいけない、ということだ。
政治でも経済でも、女性が重要なポストにつくときは大きなニュースになるが、男が同じポストにつくことは「当たり前」であり、騒がれることはない。

「この社会は男性優位にできています。それは労働市場が変化したからといっても変わらない。これは否定しがたい事実です。女性やLGBTと比べて『男は』つらいというなら、それはアンフェアですよね」

「(男も)性別役割分業で果たす役割があるから『男こそ』『男も』つらい、と言うなら、これも実は高い下駄を履いていることを自覚していない言葉になる」

杉田さんの育児と同じ問題がここでも起きる。

「そもそも有利な立場にいる男がなにをいっているのか」「女性の問題を考えずに、有利な立場にいる側がつらいなんておかしくないか」と投げかけられるだろう。
既得権を持っているから、多少つらくても、理不尽であっても受け入れるのが当たり前だ。そう思ってしまわないか。

言いかたのヒントは女性学の影響をうけてはじまった、男性学の蓄積にある。例えば武蔵大の男性学研究者、田中俊之さんの『男がつらいよー絶望の時代の希望の男性学』。

「僕は(田中さんの著作を踏まえて)『男が』つらいと言うようにしています。女性やLGBT、性的少数者との比較ではなく、この社会で男であることがつらい、という意味を込めています」

「男らしさ」の概念を変えるはずだった、イクメンにだってつらさがある、と杉田さんは続ける。

「イクメンは、これまでの性別役割分業から半分、降りようという意味合いをもった言葉だと思います。でも、そこで想定されているのは、会社でもちゃんと働いて、きっちり家に帰る。そしてスマートに育児も家事もこなす父親ですよね」

さらに、ついてまわるイメージはこんな感じだ。休日には野球やサッカーを子供と楽しんで、常に笑顔を欠かさない。これはこれで、一つの「男らしさ」だ。

「だから、あくまで半分なんです。半分はこれまでの男らしさを降りているけど、弱音を吐けないという本当の問題をどこか捉えてない言葉になっているように思います」。この先にいく思考はどこにあるのだろう。


「男だから×××してはいけない」これ、男の部分を女にして、声高にして行ったら、即女性差別として訴えられますよね。そこまでいかなくても非難轟々




そんな男性差別だけはまかり通っているから男の生きづらさという問題が起きるのではないでしょうか?
女だって色々言われるからお互い様というけど、
じゃぁ奥さんが、妻が稼いで夫を養っているということがどれだけあるのかなって
まぁヒモととか色々言われるし、そう簡単にはいかないけど、そういう役割の変化がきちんと行われるならいいのですが、女性の側が都合のいいところだけを切り取って男女平等としている限りはこういう辛さは解消されないことでしょう

でも、その前にまず生物としての役割分担を徹底していかないと少子化は解消されないので
男女平等の議論は棚上げして欲しいですけどね
育児は夫婦の共同の役割としても、産むのは女性だけの特権ですからね
そういう性差を踏まえた男女平等論ならまだわかりますけど

性差を無視してまず平等たろうとするのはおかしいですから


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ラベル:父親 男性差別
posted by ! at 20:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 身近なニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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