2016年08月30日

成長しないこと、緊縮財政を望む人がいる限りhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160826-00000006-mai-soci

Yahoo:「<相模原殺傷>語れぬ生きた証し 遺族、匿名に葛藤

「近所に何も話していません。名前は伏せてください」。神奈川県内に住む女性が自宅の玄関前で重い口を開き、そっと目を伏せた。女性の50代の兄は相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で刃物で刺されて死亡した。近所の人や親族には、事件に巻き込まれたことを知らせていない。葬儀はごく一部の身内と園の関係者だけで営んだ。

 兄は生まれつきの障害があり、言葉で意思や感情を伝えることが困難だった。30代半ばでやまゆり園に入所し、約20年にわたって園で暮らしていた。「幼いころは一緒に遊んだ」という女性だが、兄との思い出をあまり語ろうとしない。「障害者への偏見がある。同情されるのもつらい。隠しておけば余計な心配をしなくて済む」。兄の被害を隠す理由をそう説明した。「園は兄にとって第二のふるさとだった」とも言う。

 園で働いた人々の記憶には、兄の「日常」が刻まれていた。元職員は「何かを伝えたいと思うと、表情に力を込めて、訴えてきた」と振り返る。家族が一緒に写る古い写真を大切にしていた。写真の中の母親の顔を職員の前で指してみせ、職員が「お母さん、今は何をしているのかな」と問いかけると、うれしそうにほほ笑んだという。

 事件の捜査に当たった神奈川県警は、殺害された19人を匿名で発表する異例の対応を取った。「現場は知的障害者の施設であり、プライバシーを保護する必要性が高い。遺族も匿名を望んでいる」との理由だ。毎日新聞はさまざまな情報を手がかりに遺族を尋ね歩き、死亡したとみられる約10人の家族に取材を申し込んだが、多くは口を閉ざしている。

 被害を免れた入所者の父親(87)は「家族に障害者がいることを周囲に知られると、兄弟姉妹に影響が及ぶ。名前を公表されることで、生活に悪い面が出かねない」と遺族の思いを代弁する。

 やり場のない怒りや悲しみを抱きながらも、声を上げることを思いとどまる遺族たち。逮捕後に明らかになった植松聖(さとし)容疑者(26)の言動や供述が、その心情に追い打ちをかける。「障害者は不幸をつくる人たちだ」「車いすに縛られている利用者も多く、保護者と絶縁の状態も珍しくない」……。

 神奈川県障害者運動団体連絡会など県内の10団体は事件後、黒岩祐治知事宛てに申し入れ書を出した。「容疑者の主張は個人の問題でなく、社会の意識の表れと言わざるをえない。この現実こそ、直視されなければならない」と訴えている。

 相模原市の障害者施設殺傷事件は、取材で得た関係者たちの証言を積み重ねても、犠牲者の生きた姿は断片的にしか浮かばない。そこにこそ、悲惨な事件の一面があるようにもみえる。26日に発生から1カ月になる事件は、何を問いかけているのか。

 ◇笑顔、愛嬌…記憶に 安心できる園、立て直す

 平穏な生活は早朝の電話で破られた。7月26日、相模原市の「津久井やまゆり園」に入所する60代の男性の親族のもとに入った連絡は、事件に巻き込まれて死亡したと伝えるものだった。

 男性はカブトムシやクワガタムシを捕まえるのが得意で、自宅で暮らしていたころは、「虫捕りの名人」と近所で慕われていた。近くに住む主婦は「夏になると、『捕れたぞー』と子供たちに見せてくれた。子供たちが笑うと笑顔を返してくれた」と目を細める。

 ただ言葉をうまく話すことができず、中学を卒業した後は両親の農作業を手伝った。両親が亡くなった後は兄弟が生活を支えたが、40代のころ、ガラスを割るなど本人の安全が危ぶまれるトラブルが続くようになり、やまゆり園に入所することになった。

 施設での生活にはすぐになじんだ。「元気に過ごしている」という連絡が親族を安心させた。事件はその中で起きた。親族の一人は「怒りを通り越し、やり場のない気持ちだ」と語る。

 施設の同じ部屋で暮らしていた別の男性も殺害された。軽作業や散歩をして過ごす生活の中で、囲碁と将棋のテレビ番組を楽しみにしていた。「お父さんの趣味だったようだ」。元職員はじっとテレビに見入る姿を覚えている。眉間(みけん)にしわを寄せ、電車の「車掌さん」のまねをしてみせる愛嬌(あいきょう)の持ち主でもあった。「ドアが閉まります。ご注意ください」という声が、職員の耳に残る。

 遺族への取材の申し込みに対し、代理人の弁護士を通じ「今は応じられない」との回答があった。弁護士によると、遺族のショックは大きく、心の整理がついていないという。

          ◇

 「元気か」。8月19日、相模原市内の病院の一室。尾野剛志さん(72)と妻チキ子さん(74)が、長男の一矢さん(43)に笑顔で話しかけた。一矢さんは事件で腹などを刺されたが、一命をとりとめ入院中だ。夫妻は「自分たちにとって、息子がどれだけ大切な存在なのかを知ってほしい」と実名を明かして報道機関の取材に応じている。

 「被害者の家族の多くは、障害者に対する周囲の偏見で心に傷を負っている」と尾野さんは言う。尾野さんも、親族からの中傷や、近所の冷たい視線にさらされた経験があり、遺族が名前を明かしたくない気持ちがよく分かる。だからこそ、尾野さんは現状を変えるために「勇気を出さなければいけない」と考えている。

 最近、一矢さんに笑顔が戻ってきた。見舞いに行くたびにベッドから身を起こして「やまゆりに帰りたい」と訴える姿に尾野さんは心が奮い立つという。「施設を立て直し、安心して暮らせる環境をつくることが、これからの生きがいです」


普通じゃないものを排除しようとするのは本能による普通の動きですが
景気の悪化、豊かではなくなってきていることで、
その辺が顕著になっているのはしょうがないことかなと

社会福祉は、社会に余裕があって初めて成り立つものですから
経済的な余裕がなくなれば、心に余裕もなくなります
よっぽどの宗教的な聖者でもない限りは

だから社会全体にそういう考え方が蔓延しているとしたら、それはそれで当然でしょうね
社会をいい方向に向かわせたければ、緊縮とか豊かさを求めないという風潮をなくすしかない
豊かであれば、何とか容認できるものも増えてくるから
貧すれば鈍する、そういうことですよね


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160826-00000006-mai-soci


ブログランキング にほんブログ村
posted by ! at 20:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 身近なニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック