2014年10月17日

山や海で死んだ人が全員戻れた訳じゃないんだしhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141017-00050066-yom-soci

Yahoo:「「全員帰すつもりだった」悔しさにじむ救助隊員

「行方不明者全員を帰すつもりだった」――。

 二次災害の恐れから打ち切りとなった御嶽(おんたけ)山(長野・岐阜両県境)の捜索活動。警察や消防、自衛隊の救助隊員らは17日、行方不明者やその家族を気遣い、過酷な現場を振り返った。

 救助隊員一人一人に強く共通している思いは、行方不明者7人を捜し出せなかった悔しさだ。捜索には各地の警察関係者も多く加わり、関東管区機動隊伊那小隊の小原雄太小隊長(38)は「自分の大切な家族だと考えながら、行方不明者を全員、家族の元に帰す気持ちで捜索した。7人を発見できなかったのは申し訳ないし、つらい」と話し、「あまり経験のない現場だった。捜索再開までにしっかり心身共に鍛えて捜索に臨みたい」と誓った。

 捜索の指揮に当たった緊急消防援助隊の辻泰静岡県隊長(59)は「帰りを待ちわびている家族のことを考えながら捜索したが、かなわず残念だった」と話した。飯田広域消防本部の遠山和樹救助隊員(29)は「この先いつ捜索を再開できるかわからないが、その時はぜひ、捜索隊として加わりたい」と語った。

 台風の影響による降雨や火山灰、火山ガスに寒さなど、捜索は困難を極めた。山頂近くの窪地(くぼち)「一ノ池」、「二ノ池」周辺の捜索部隊約200人を指揮した群馬県高崎市の陸自新町駐屯地第12施設隊長の平位一郎2佐(47)は「いつ再噴火するか分からないという不安を抱えながらの捜索だった」と振り返った。

 金属探知機を使って捜索にあたった同隊の黒沢篤3曹(22)は「雪と違い、火山灰は歩けば歩くほど足が重くなる感覚だった」と話した。

 噴火翌日の先月28日から捜索活動が開始されたが、悪天候などに阻まれ、終日活動ができたのは9日間のみ。ヘリの後方支援のため、温度、湿度、雨量、風向など、気象観測を担当した東京都立川市の陸自立川駐屯地にある管制気象隊所属の内山新太郎3曹(33)は「毎日祈るような気持ちだった」と語った。


そういう厳しい自然の中で亡くなった方が全て帰れた訳じゃないし、追い込まないで欲しいと願う
それよりも二次被害が出なかったことの方を喜びたい
今生きている人を犠牲にしてまでやるべき事じゃなかったのですから


自然なんて、人の思いを簡単に踏みにじるものだし
どうにもならないというのが正直なところでしょ


当面は火山へは登らないことを徹底した方が良いと思いますよ


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141017-00050066-yom-soci


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posted by ! at 20:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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