2014年03月17日

どこまで残すが正解かなぁ>地下鉄サリン事件http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140315-00000036-asahi-soci

Yahoo:「地下鉄サリン、風化に危機感 事件から19年、遺族集会

オウム真理教の地下鉄サリン事件から20日で19年となるのを前に、被害者団体が15日、東京都千代田区で集会を開いた。7日に東京地裁で懲役9年の判決を受けた教団元幹部平田信(まこと)被告(48)の裁判員裁判に参加した仮谷実(みのる)さん(54)が「傍聴席から眺めるだけでなく、検察官席から直接、被告人に質問できたのは有意義だった」と語った。

 仮谷さんは教団幹部らによる拉致事件で父清志さん(当時68)を亡くした。一連のオウム真理教の事件では初めて被害者参加制度を使い、裁判に加わったが、「判決と被告の話の食い違いは、どちらが正しいのか不満が残る」とも話した。

 地下鉄サリン事件で東京メトロ・霞ケ関駅助役だった夫を亡くした高橋シズヱさん(67)は、同事件などで起訴された高橋克也被告(55)の公判への被害者参加を申請している。集会には遺族ら約20人が参加。高橋さんは「来年で事件から20年の大きな節目だが、事件を知らない若い人も増え、危機感を持っている」と訴えた。


当事者、その家族が存命中は残ってるでしょうけど
だんだん薄れていくのはしょうがないよね

あとは歴史書とかで語られるようになってしまうだけ、かな


自然災害だって、風化させないようにといっても
たとえば関東大震災は9月1日で残ってるけど、それ以前の震災なんて語られもしないよね
忘れないように定期的に災害が起きて記憶が上塗りされていくものなのかもしれない

でも、この一連のオウム事件は特異なものとして残しておくべきかも
一人の変質者とその周辺のそれなりの知識を持った連中が事を起こしたら、日常なんてあっという間に消し去られるのだということをまざまざと見せつけられた

また宗教の名を騙った連中に対して容赦してはいけないのかもしれない
怪しいと思ったら厳しく断じる事も必要なのでしょう
一個人の自由の権利とか、他の多くの人の生活の安全と比較したら小さなものと言えるのかもしれないよね

カルトはそういう社会の隙を突いてくるから、対処が難しいのかもしれないなぁ


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140315-00000036-asahi-soci


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posted by ! at 19:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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