2009年12月09日

なぜ今頃?自由と繁栄の弧

産経新聞:「【一筆多論】平山一城 いま麻生氏の外交構想を

>ウクライナはロシアと東欧をまたぐ大平原にある大国である。15年前の1994年6月、筆者は、その果てしない穀倉地帯をひた走る列車に揺られていた。モスクワからウクライナの首都キエフへ、旧ソ連から独立して間もないウクライナの大統領選の取材行だった。

 国境に近づくと、筆者とロシア人助手の客室に、ロシア国境警備隊員が武装した制服姿で現れた。パスポートや取材証のチェックだったが、一度済ませても二度、三度とドアを叩(たた)く。それはあたかも、ソ連邦の崩壊で離れていった隣国への当てつけのような執拗(しつよう)さだった。

 そのウクライナで来年1月に迫った大統領選にロシアがまたも影を落としている。前回2004年、ロシアの介入をはね返す「オレンジ革命」によって欧米寄りのユシチェンコ政権を誕生させたものの、路線対立の激化から再び、親露政権への逆戻りが懸念される。

 対立の構図はこうだ。ユシチェンコ大統領は、公約とした欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)への加盟を目指した。ところが、親露派の多い東部を中心に批判勢力が拡大する。公約どころか、革命の立役者ティモシェンコ女史までが首相の地位にいながら大統領に反旗を翻すに至った。

 背後でロシアが動いている。代金滞納を理由に、ウクライナ向けの天然ガス供給停止で政権を揺さぶる。同国経由の欧州向けガス供給を停止する。欧州でのウクライナの信用を失わせる狙いがあるかのようだ。

 せっかく欧米流の民主主義政体を掴(つか)みかけた国家が再び、ロシア側に戻るのか。EU諸国は側面支援に躍起だが、翻って日本の新政権はこうした国々との外交関係をどうするのか、はなはだ不安になった。そして、麻生太郎前首相が外相当時に打ち出した「自由と繁栄の弧」の外交戦略が思い出された。


 ユーラシア大陸の外縁部には冷戦後、東側の桎梏(しっこく)を離れ、新たな政治体制を模索する国々が少なくない。それらは北東アジアからインド、中央アジア、中東、中東欧からバルト諸国へと延びる。麻生氏は、この帯のように連なる「弧」型の地域を足がかりとして、新たな日本外交を構想した。

 ウクライナはこの重要な一角を占める。その親日ぶりから、ともすると文化的な交流面ばかりが強調されるが、次の大統領選は政治体制そのものを左右しかねない。日本としてそこに戦略的なアプローチがほしい。麻生氏の外交構想は、各国の政治体制の理念を重視して展開しようとするものである。

 「中国やロシアとの関係も重要だ。しかし一方で、民主主義や自由・人権、法の支配といった普遍的価値を重視する」。それが「自由と繁栄の弧」の考え方である。「価値の外交」という理念に基づいた対外政策こそが国際社会での日本の評価を高めるとの信念だ。

 鳩山由紀夫首相の友愛外交には価値の視点が見えない。ご自慢の東アジア共同体構想にしても、民主主義や人権、法の支配といったものを勘案した形跡がない。それではロシアや中国の国内、周辺国で起きている「価値の侵害」にどう対処するのかも全く見えてこない。政権の外交姿勢が不安を招く所以(ゆえん)である。(論説副委員長)


なぜ今頃、自由と繁栄の弧を支持する話がでてくるのでしょうか?
先日読売でしたか、故中川氏の水の問題に関する記事があったかと記憶していますが、なぜに今頃持ち出すのか?とはなはだ疑問に思います

麻生政権が苦しいときに、そのようなフォローをしてくれれば状況が変わったのにな、と本当に思ってしまいます

鳩山政権のクズっぷりを目の当たりにして路線変更を目指すのかなとついつい考えてしまいます

しかし、メディアが叩きつぶした政権はもはや失われてしまい二度と戻ってくることはないんですよ?どう落とし前をつけてくれるのかなと言いたい気分になってしまいました

鳩山政権によって日本は何年分の時が戻ってしまうのか
そしてそれを取り戻すことが出来るのかどうか・・・何世代もしこりが残るくらいならまだ良いのですが、日本という国が残っていればね、という懸念が常につきまとってます


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posted by ! at 23:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 腐りきったメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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